紫紺の楔
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赤「…これで全員の紹介が終わった訳ですが、ここに居る全員には、ある共通点があります」
――きた…!
鳴海はこれから彼の口から伝えられる内容を理解し、体を強張らせた。
赤「ここに居る学校のメンバーは、全員バスケ部員です。――あなたを除けば…ね」
『ああ、そうだな』
予想はしていた。双葉が集めた情報から、ここに居るのはバスケ部員だと。
だから自身がこの輪の中に入れば、確実に疑われるだろうと。
赤「それともう1つ。この廃校に来る前、各校は部室に居て、停電が起こった後、気が付いたらここに居ました」
再び赤司の目が鋭く眇められる。
赤「つまりは、この場に居るのはバスケ部員であり、かつレギュラー。そして停電の瞬間に部室内に居た者達です」
『部室内に居た者…?』
その言い方には、引っ掛かる事がある。
確かに先程紹介を受けた際に、学校によって人数が異なった。
と言う事は、停電が起きた当時、学校によっては不在の者が居たようだ。
それに当て嵌まっているのは「秀徳」「桐皇」「陽泉」「洛山」だ。
高「あ、ウチの木村サンは風邪で休みだったんすよ」
緑「おい、高尾っ!」
赤「良いじゃないか真太郎。……僕らの所の永吉と千尋は、当時すでに帰宅していたよ」
今「ウチの諏佐は停電の原因を調べるっ言ぅて部室から出とったわ」
福「ウチの岡村は、監督とある大会についての話をするって言って、そん時は部室に居なかったよ」
それぞれ不在の者達の事情を話し、鳴海はそれを頭の中で整理する。
双葉の情報には、ここに居ないメンバーの名前は無かった。
戻った際に、訊ねてみようか。
福井が言っているある大会とは、某スポーツホテルの10周年セレモニーの事だろう。
赤「率直にお聞きしますが、鳴海さん、あなたは何故ここに居るんですか?」
――君らを助けに来た。
なんてどこの正義の味方だよ、と内心突っ込みながら、鳴海は「わからない」とだけ言った。
時間が経つにつれ、どんどん空気が重くなっていく。
その空気は当事者である鳴海だけでなく、一部の者も堪え兼ねているようだ。
それを一番感じて居たであろう彼は、イラついたような声で呟いた。
高「あのさー、こんな状況だからってのは解るけど、もう止めね?鳴海サンの事はオレが一番知ってっけど、人を謀るような人じゃねーよ。むしろ逆なんだよ、この人の性格はさぁ」
『…高尾やめろ』
イラついている高尾を窘める為、鳴海はその肩に手を置いた。
桜「スイマセン!あ、あの僕も…この話は一度保留にした方が良いと…思います…」
黒「そうですね、正直僕もこの空気は良くないと思います」
桜井と黒子もこの雰囲気に参っているようで、2人の発言に何人かが頷いてみせた。
赤「そうだね、他にも滅入ってる人が居るみたいだし、話の趣旨を変えようか」
至る方向から安堵の息が聞こえた。
赤「鳴海さん、あなたは【視えない男】を知っていますか?」
『視えない…男…?』
新しい怪物か怪奇だろうか?
鳴海は赤司の言う【視えない男】に心当たりがなく、首を横に振る。
赤「ここにいる誠凛と桐皇のメンバーが、その男に助けられたんです。……南棟2階で」
『………』
表情に出さなかったものの、内心ギクリとした。
まさか…視られていたのだろうかと。
『……俺はさっきここに来たばかりだ。そんな奴どころかまだ怪物にも遇ってねーよ』
赤「へぇ…」
鳴海の言葉を聞くと、赤司は口角を上げてみせた。
鳴海は全身が粟立つのを感じた。
赤「“まだ”…ですか。僕は一言も、怪物がいるなんて言っていないはずですが」
『…緑間クンが、高尾を迎えに来た際に、話していたからな』
赤「そうですか」
また赤司は楽しげに口元を歪めた。
狂気にも見えるその笑みに、鳴海は冷や汗が浮かぶ。
紫「ねー、まだこれ続くの〜?いい加減面倒くさいんだけど」
氷「こら、アツシ」
紫「そいつが何だっていーよ。どうせ本当の事なんて言わないだろーしさ。そんな事より、何か食べるもの探しに行きたいんだけど」
緑「そんな事ではない。敵かも知れん奴をこの体育館に置いておく訳には行かないのだよ」
紫「なら外に放り出せばいいじゃん。それで万事解決するんでしょ?」
緑間と紫原の両者が睨み合う中、赤司が溜め息を吐く。
赤「ならもう一度探索に行こうか。敦の希望もあって陽泉は確定として、他は――」
各校の相談の末、「陽泉」「海常」「霧崎」となった。
赤「食糧はダメ元だとして、やはり地図のような物が欲しいところです。その他にも懐中電灯や役立ちそうな物を中心にお願いします」
赤司の指示に頷き、それぞれストップウォッチをセットし体育館から出ていった。
鳴海は一応体育館に居る事となったが、向けられる視線は相変わらずで、居心地が良いものではない。
視線から逃れるように角の方に移動する。
『はぁ………』
《……お兄さん》
『そんな声出すなって。別に廃校(ココ)に来た事に後悔なんてしてねーから』
鳴海は一瞬ユキの頭に伸ばしかけた手を引っ込めた。
誰に見られてるか解らないこの場で、他人には視えないユキの頭を撫でる行為は異常だと思われるだろう。
「あの…」
『ん、……ぅおっ!!』
黒「どうも」
『えっと…誠凛の黒子クン、と木吉クン…だっけ』
黒「はい」
気配なく自分の前に立っていた黒子に驚き、鳴海は過剰な反応をしてしまった。
『…で、俺に何か用があんのか?』
少しキツい言い方になってしまったかも知れない。
しかし黒子も木吉も特に気にしていないようで、鳴海は内心安堵した。
木「俺の腕を握ってくれないか?」
『………………は?』
ニカっと笑って、木吉は素っ頓狂な発言を落とした。
現在進行形で床に座っている鳴海を見下ろす木吉のその巨体に若干気圧されつつ、取り合えず立ち上がる事にした。
立ち上がってもなお、木吉の方が一回りも大きいのだが、座っていた時よりは差が無くなった。
木「俺の腕を握ってくれないか?」
木吉は鳴海に再度同じ頼みをした。
怪訝な表情を浮かべる鳴海に、黒子が補足をしてくれる。
黒「すみません。少し調べたい事が有るそうなので、先輩の腕を握ってみてくれませんか?」
『あ…あぁ』
木「ここの二の腕のところだ。思いっ切り頼むぜー」
木吉は自分の腕を指差し、握って欲しい部分を指示する。
要望に従い、鳴海は木吉の二の腕をキツく握る。
『……っ、どうだ、何かわかったか?』
木吉は握られた腕を見下ろし、暫し考え込むような素振りを見せる。
黒「木吉先輩、どうですか?」
黒子が訊ねると、木吉は朗らかな笑みを見せて頷いた。
木「なぁ…鳴海サン」
『…何だ』
木「もしかしなくとも…」
『っ………』
真剣な表情で先の言葉を引き延ばす木吉に、鳴海の咽喉は自然と上下する。
木「握力、弱いな!」
『……………はぁ!?』
黒「木吉先輩に比べれば、大体の人は握力が弱いですよ」
木吉のちょっとした爆弾発言に呆れたように溜め息を吐く黒子は鳴海に「気にしないで下さい」と言う。
木「うーん、何か違うんだよなぁ」
黒「そうですか」
『何がだ?』
首を傾げ、再び考え込む木吉。黒子も一緒になって互いに首を傾げている光景は、仲の良い兄弟に見えなくもない。
(あー…ヤバイ、なんか癒される)
心なしか口元が柔らかくなっていた鳴海を、肩に乗っているユキは不思議そうに見上げていた。
木「そうだ、今度は反対の手で握ってくれないか?」
閃いたとばかりに、木吉はもう一度自分の腕を差し出した。
『構わねーけど…』
緩んでいた口元を引き締め、鳴海はもう一度木吉の腕に、今度は反対の手を伸ばした。
木「………」
黒「………」
『……っ、これで良いか?』
対して左右の握力は変わらない。どちらかと言えば、先程やった利き腕の方が力が強い。
一体これで何が判ると言うのか…。
木「ああ、ありがとう。お陰で判ったよ」
黒「お手数をかけました」
木吉と黒子は笑みを見せ、メンバーが待つ場所へ戻って行った。
『……まさかな…』
鳴海は木吉の腕を掴んだ自身の手を見詰め、人知れず呟いた。
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