紫紺の楔

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昨日と変わらず下校を促す放送が流れ、鳴海を含めた5人はそれぞれ帰宅する。


鳴海も大澤と分かれ、急いで自宅へと向かっていた。





『ユキ、長い間待たせて悪かったな』

自身の肩に憑いているユキに声を掛けると、ユキは首を振った。



《ううん、ボク見てるだけで楽しかったよ。それにしても、お兄さんはたくさんの“縁”を持ってるんだね》



『縁…?』



《生あるもの全てが持つ繋がりの事だよ。人の言葉では、【運命】や【絆】とも言うかな。ボクは縁結びの神じゃないけど、わかるんだ。お兄さんは、力になってくれる人がたくさん居るって事。特にね……》



ユキはその小さな手を持ち上げ、続けた。




《特に“5つの縁”が一際強くお兄さんと繋がってるよ》


ユキは5本指を立て、その数を示した。



『5つ…』

鳴海はその数に疑問を持った。その事を表情から読み取ったユキは、その縁の先に繋がる人物を伝える。



《4つはさっきの4人のお兄さん達だね。それで、残りの1つなんだけど――》



ユキが最後の1つの縁について話す刹那、ユキが乗った左肩に仕事帰りと思われるサラリーマンがぶつかった。


『あっ、と……スイマセン』

鳴海が謝ると、サラリーマンも慌てて謝ってきた。
若い人で手元にはケータイを持っていた。
恐らくケータイを操作しながら歩行していたのだろう。

サラリーマンはもう一度謝り、今度はケータイをしっかり仕舞って去って行った。



『悪いユキ、大丈夫か?』



《平気だよ。ちょっとビックリはしたけど》


霊体であるユキに「大丈夫か」と聞くのも変な話であるが、鳴海は本気でユキを心配していた。


どこかで18時を告げる音楽が鳴り出す頃に、鳴海は自宅の鍵を開けた。

相も変わらない、真っ暗な玄関。鳴海は視線だけで自分以外の靴の有無を確認し、奥へと進んだ。




**********







鳴海は帰宅してすぐ簡単な食事を済まし、入浴も済ました。

この時、少しでも時間短縮する為にシャワーで済まそうと考えたが、ユキに断固反対された。

というのは、昼間化けカラスに襲われた事もあり、充分な清めをしておいて欲しいとの事らしい。



さて、いざ昨晩の廃校へ行こうと思った時、鳴海はユキに訊ねた。
本来、今朝起きた時にでも聞くべきだったのかも知れない事だ。



『なぁユキ。俺は昨晩どうなったんだ。気が付いたら“こっち”でいつもと変わらず目覚めた訳だけど……』

ユキは浮いていた体をカーペットの上に落ち着かせ、身形を整える。



《ボクも驚いたけど、昨晩お兄さんが突然消えたのは、“こっち”のお兄さんが目覚めたからだよ。元来、肉体と精神は死ぬまで離れる事はなく共にある。昨晩のお兄さんは霊体だった訳だけど、あくまでアレは一時的なものに過ぎないんだ。肉体と精神を長時間離す事は危険だからね……》



更に面をした上からでも解るほど、ユキが真剣な表情をする。


《昨晩の状態のお兄さんは、とても不安定なものだ。拐われたお兄さん達みたいに実体が在る訳でも、“彼ら”のような完全なる霊体を持っている訳でもない。見方によれば透けたり、実体化出来る事は便利かも知れない。それでも、お兄さんのあの体はとても幽かな存在なんだ。“穢れ”てしまえば、肉体がヤスむ事になる。……だから気を付けておくれ》



この時のユキは、曲がりなりにも【神様】なのだと思い知らされた。
幼い容姿からは想像もつかない、凛として諭すような声色だった。


鳴海は口内に溜まった唾液を嚥下した。喉が上下し、いつの間にやら渇いていたらしい喉を潤した。




《…ふふ、説教がましい事は終わり。多少の穢れはボクが癒せるから安心して。……あと、今までのお兄さんを見てて、“無茶するな”は馬耳東風だと思うから言わないよ?》



『その見た目でよくそんな言葉知ってるな…。つかこの1日で、ずいぶんと人間の子供っぽくなったな』



《嫌になったかい?》


『いや、むしろそっちの方が良い。聞き分けや物分かりが良い子供も嫌いじゃないが、子供らしくて俺は好きだ』




《そっか、よかったっ!》

恐らく面の下で、ユキは満面の笑みを浮かべている事だろう。




――ソレジャ…行コウカ…



『っ……―――』

くらりと視界が揺れる。
それに加え、高い場所から落下するような浮遊感を感じる。

反射的に全身の皮膚が粟立ち、息を呑んだ。
いつの間にやら視界も暗闇に包まれ、理解の及ばない体験に思わず叫びそうになる。







――……オ兄サン、




『――は…っ!』

透き通った声に救い出されるように覚醒すると、昨晩目にした薄暗い廃校だった。

昨晩と異なるのは目覚めた部屋。今回は構図を手に入れた職員室だ。
そして今回は直立した状態でこちらに着いたようだ。




『なんか…セーブデータからスタートした気分だ』

鳴海は昨晩、職員室を最後に社の前で消えてしまった。
その為、一章ごとの重要イベントが終了すると自然にセーブされているあのシステムを関連させる。


職員室内にある物体を透けたり触れたりし、昨晩と変わらない思念体である事を確認する。




『ユキ、今回はなるべく俺だけで頑張ってみる。だから透明化はしなくていいから』



《……わかった。じゃあ今回はなるべくサポートに回るよ》

ユキは困ったように肩を竦めて見せると、鳴海の意思を受諾した。
職員室の机に乗っていたユキは最早当たり前となった鳴海の肩に取り憑いた。



鳴海は慎重に職員室から出て、窓から見える中庭に向かった。
見晴らしのいい中庭の片隅に、昨晩と変わらずそこに建つ小さな社。

鳴海は静かに柏手を打った。
自身の肩にその主が居るにも関わらず社に参るのもまた変な話だが、ユキはそんな彼に礼を言った。



『5つの勾玉…か』

鳴海は社に設置された台座の窪みを撫で、小さな声で呟いた。
呟きを拾ったユキはこくっと小さく頷いた。





《もともと勾玉は結界を張るため、学校の四方とこの中庭に設置していたんだけど…ある日、結界が破られてから、校内のどこかに飛んでいってしまったんだ。だからボクも、勾玉がどこにあるのかわからないんだ…》



鳴海はブレザー内から構図を取り出し、ユキが勾玉があったと言う場所を指さし示す。

改めて構図を見てみて、鳴海は気になるものを発見する。




(かなり大きな森だな……。それにこの森の中心に書かれたバツ印は一体……)

『なぁ、ユキ』

謎の印について訊ねようとユキを振り替える。
しかしユキは、北棟側の渡り廊下を見詰めており、鳴海の声は聞こえていないようだった。




『ユキ…?どうし』
















「―――っ、鳴海サンッ…!」


『!!!!』


ユキが見ていた渡り廊下を振り返った瞬間、視界に入ってきたのはこちらを凝視し立ち竦む少年。

互いの視線が合った刹那、少年は鳴海の名を叫び、こちらに駆けて来た。


少年は鳴海の存在を認識するやいなや、色々な感情が入り混じった表情をしていた。

鳴海に関しても色々と複雑な思考が脳内を占めており、半開きのままの口を晒した。



《お兄さん、この人だよ…!お兄さんと強い結び付きの“縁”を持ってるの…!》



ユキの言葉は鳴海の耳を通過するだけだったが、少年が勢いよく飛び付いてくる瞬間、鳴海はある事柄が脳裏に過り、咄嗟に少年を避けた。



「は、うおッ…!!?」

避けられた少年はバランスを崩すものの、持ち前の運動神経で体勢を戻した。

鳴海の脳裏に過ったのは、自分が今霊体であると言う事。
もし今少年に触れられていたら、間違いなく鳴海の体をすり抜けていた。







「避けるとか酷くねっ!?」


『わ、悪い。いや、つか…やっぱお前も、ここに居たんだな…』

最後に少年を見たのは中学の卒業式だ。
少年はあの時とさほど変わらない笑みを浮かべ、「別にいいっすよ」と言った。






「確か3年ぶり…っすよね」


『あ、ああ…』


「なんかその反応…あんま会いたくなかった、みたいに感じるんすけど」


『まぁ出来るなら、こんなとこにお前が居るなんて思いたくなかったよ……』


















――高尾……。
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