紫紺の楔

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目の端に写ったのは、白い衣。
そこから覗く小さな手に、それはユキだとわかる。



《……お兄さん、落ち着いておくれ。大丈夫、地図は失くした訳じゃないよ》


ユキが苦笑いを浮かべ、事情を説明する。



《昨晩、ボク達は職員室で学校の構図を手に入れたよね。けど考えてみて?夢で手にいれた物って、夢が覚めても手元にあると思うかい?》



『あ…、…る訳ねーな』

鳴海は事情を把握した。
要するに、また“あちら”に行けば、構図は変わらずブレザーの中に入ってると言う事だ。



『悪い、冷静になりゃ当たり前の事だな…』



《こんな体験していて、冷静に状況把握出来る人はそう居ないよ》


いたずらっ子のような雰囲気を出し、ユキはフワフワと廊下を進み出した。




《北棟にくるのは初めてだよね。昇降口から右折すると、すぐそこに保健室があるんだ》


ユキの言う通り、廊下を進んでいくと、“保健室”と書かれたプレートが掛けられていた。



引き戸の窪に手を掛けてみると、建て付けが悪く、ガタガタ音を立てる。
しかし鍵が掛かっている訳ではなく、時間をかけて引いてみると開ける事が出来た。


室内を見回しながら、鳴海は棚などを調べて行く。

開けるたび巻き上がる埃や小さなゴミ。おまけに密閉空間だった為かカビも繁殖しており、鼻に付く匂いが充満している。


いくらか薬品等が出てきたが、変色や異臭を放っており、とても使える状態ではない。

仮に彼らがここを開けたとしても、こんな状態では使いたくとも使えないだろう。

鳴海は足を捻ったあの少年を思い出し、肩から提げていたカバンの肩紐を握った。



腕時計を見るともうすぐ4限目が終わる頃だ。
自分達3年はもうすぐ卒業考査期間に入る。

卒業が掛かっている為、あまり授業を抜けたくはないが、例の怪奇事件に巻き込まれた者の中には自分と同じ3年生も居るだろう。


何ともしても助け出してやりたい…。


思案に耽っていると、窓の外が黒に覆われた。
視線をそちらに向けたと同時に、保健室に取り付けられた窓が割れ、たくさんのカラスが室内に侵入し、鳴海に襲い掛かってきた。





《お兄さん!》


『――痛ッ…!!』

カラスの群れから逃げようと出口に向かうが、数羽のカラスが鳴海の頬や腕、肩などに爪を引っ掻けた。


狂ったように鳴き叫ぶカラスを保健室に残し、鳴海は何とか昇降口から出る事が出来た。






《――、お兄さん荷物は!!?》


肩で息を整えていると、ユキが悲鳴にも似た声を上げる。

鳴海は先程まで肩から提げていたカバンの重みを感じない事に気付いた。




『はぁ…っ、まぁ、貴重品はちゃんと持ってっから…。中身も、あんまし重要なモン入れてなかったし、カバンはもういい…』


鬱蒼と繁る山道から廃校上空を見ると、不気味なカラス達が変わらず飛び回っていた。


『思ったより時間が掛かっちまったし、今日はここまでにしとくか…。午前中だけのつもりが、これじゃ午後も出れなさそうだな…』

苦笑いを浮かべ、血が滲んできた頬を親指で拭い取った。






――――---……‥





HR終了を伝える号令が各教室から聞こえ、鳴海は実情、本日の授業丸々サボってしまった事を知る。

各教室から教師が出て行くのを待ち、普段自分達が集まっている教室に入った。

残っていた級友達から冷やかしや心配の声をもらいながら、鳴海はいつも座っている指定席に腰を降ろした。



教室内を見回し、連んでいる人物が居ない事に気付く。
しかし数分も待たずその人物は戻って来た。



「あぁ!ナル〜、放課後登校なんて何様のつもりー!!?」


『うっせーよマッキー』

同クラスの志波は鳴海を見つけると、大して怒ってもいない表情で怒鳴り込んできた。


「って、ほっぺたケガしてるじゃん!! 僕のバンソーコでよかったら使って!」

そう言うと、女子顔負けの可愛いクマさんがプリントされた絆創膏が渡された。


『いらねーよ。何だよその変に備わった女子力。絆創膏持ってる上に絵柄がクマって何だよ』


「カワイイでしょ〜」




「お、ナルが居る」

「ん、おはよ」

「いや、はやくないよ双葉。って、恭介どうしたの!? 怪我してるじゃないか!!?」

立花、双葉、大澤の順に教室に現れ、彼らも自分達の指定位置に着いた。



『全員揃ったな。あとちなみにこの怪我はカラスにやられた』


「ブフォ!カラスに、小突かれたッッッ…!!!!」

「ナルダサい、ダサいよッッ!!」

語尾に草を生やしまくり、大笑いし始める立花と志波。

双葉に至っては別段表情を崩す事なく、マナーモードに設定したケータイのように小刻みに揺れている。


心配性の大澤は、先程志波に渡された可愛い絆創膏を鳴海の頬に貼ろうとしている。


『優一郎マジでやめろ!貼るなら普通の貼れッ!!
――つか、今はんな事より話を戻すぞ!』


鳴海が叫ぶと、ふざけていた面々も笑うのを止める。



『双葉、今朝俺が伝えた事は』


「ん、ちゃんと学校ごとに調べてある。……どのメディアもまだ掲載してない内容だから苦労した」


「さっすが秀くん!」

「ん、だからドーナツ追加…」


『…はぁ、わかった』

真剣味を帯びてきた雰囲気に似つかわしくない内容に溜め息を吐きつつ、鳴海はドーナツもメモに加えた。



「ナル!僕のも僕のもっ!」


『ミス・ドーナッツに行って自分で買って食え』


「チョコかかったヤツね〜!」


「ブハッ!ガ ン 無 視ッ!!!マッキー揺るぎねぇぇ!」



「マッキーに立花。話進まないから、また後でドーナツ食いにいこうな?」


「ん…大澤も我が道を行くね。ナルがキレかけてるから話続ける。
――行方不明になったのは全部で7校。誠凛、海常、秀徳、桐皇学園、陽泉、洛山、霧崎第一。強豪校って言ったら他にもあるけど、今現在行方がわからない生徒が居るのはその7校だね」

双葉はルーズリーフを差し出した。鳴海はそれを受け取り、書かれた内容に目を通した。


-行方不明者リスト-
「誠凛」
・1年 黒子テツヤ
・1年 火神 大我
・2年 日向 順平
・2年 伊月 俊
・2年 木吉 鉄平

「海常」
・1年 黄瀬 涼太
・3年 笠松 幸男
・2年 早川 充洋
・3年 森山 由孝
・3年 小堀 浩志

「秀徳」
・1年 緑間真太郎
・1年 高尾 和成
・3年 宮地 清志
・3年 大坪 泰介

「桐皇学園」
・1年 青峰 大輝
・1年 桜井 良
・3年 今吉 翔一
・2年 若松 孝輔

「陽泉」
・1年 紫原 敦
・2年 氷室 辰也
・2年 劉 偉
・3年 福井 健介

「洛山」
・1年 赤司征十郎
・2年 実渕 玲央
・2年 葉山小太郎

「霧崎第一」
・2年 花宮 真
・2年 瀬戸健太郎
・2年 古橋康次郎
・2年 原 一哉
・2年 山崎 弘






「いずれの学校も、部室内または部室周辺で消失したって情報」


「あれ、おかしくね?確かWCはもう終わってんだろ?なのになんで、引退するはずの3年がまだ部活に参加してんだ?」

立花の疑問に答えたのは、意外にも志波だった。


「なんでも、某スポーツホテルで10周年記念か何かのセレモニーするらしくて〜、そのセレモニーに、今名前の上がった学校が参加するらしいよ?」


『つまりそこで行われる大会に向け、引退するはずの3年も加わり調整中の所、この事件か…。つか、マッキーよく知ってたな』


「そのホテルのデザートが、めちゃくちゃ美味しいって有名だからねっ!」


ばちこーん!と、何ともアニメマンガで使用されそうな効果音を出し、見事なウィンクをして見せた志波に、一同は「ああ…」と脱力の声を溢した。



「何その妙な一体感!?」と抗議する志波を無視し、更に話は進む。



『唐突な事聞くけど、ホラーって、安全圏が在るもんか?』

「マジで唐突だな。つかナル、ホラゲーやんの?」


『まぁ…似たようなのは…』

立花が奇異の目を向けて来るのに対し、鳴海は居心地が悪く、段々と暮れていく外に視線を投げた。



「安全圏なぁ、種類は色々あるけど、まぁ在るのがスタンダードか?」


『なら、例えば廃校はどこだ?』


「ぐいぐい来るな。廃校なら、ほとんどのパターンなら、体育館とか…保健室とかか?」


向かいに座った大澤に確認するように立花は言った。


「まぁ、特別科目教室ではないよな、理科室とか音楽室とか…」

「ん、ホラーの定番。動く人体模型…突如鳴り出すピアノ…」



『…………』

それぞれが知り得るホラー情報を聞き、真剣に考え込む鳴海の姿に一同は顔を見合わせた。

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