紫紺の楔

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(ここは、彼らが強大になった霊力で作り上げた、閉ざされた空間なんだ)





(この世のどこにも存在しないにも関わらず、この学校は【現実】の廃校と同じ場所に、静かに、人知れず存在しているんだ……)















一定間隔を開けて体に伝わる震動。
車窓から外を覗くと、都内では中々目にしなくなった、のどかな田園風景が広がっていた。


出勤や登校する人々は幾駅も前に降りて行き、今この電車に乗っているのは鳴海を含めて数人しか居ない。




「お兄さん、どちらまで行かれるんで?」

不意に、向かいに座っていた老婦人に話し掛けられた。


『次に停まる駅です』

鳴海の言葉を聞いた老婦人は多くのシワが刻まれた双眸を見開いた。



「そこは何も無い所じゃよ。お知り合いにでも会いに行かれるんで?」


『まぁ、ある意味そうなるんですかね。……訪ねたい場所があるんです』


鳴海の纏う雰囲気に、老婦人は何かを感じ取ったのか、それっきり何も訊いてこなかった。




**********




電車は鳴海の目的地に停車した。そこは無人駅で、その上普段から使用する客も稀だ。

その為、降車しようと席を立った鳴海を見た運転手は好奇の目を向けてきた。



発車音を派手に鳴らし、電車は次の駅へと向かっていった。

鳴海は降りた無人駅を見回す。
かなり年期が経った粗末な駅舎は、少し風が当たるだけでもギシギシと鳴り、ぱらぱら砂塵を落としてくる。





『さってと…それじゃ道案内よろしく頼むぜ、ユキ』


ユキは頷くと、鳴海の肩ぐらいの高さまで浮き上がる。



《……先に言っておくね。たぶん“こっち”の廃校に行っても、お兄さん達は居ないよ。
それと、いくら日が高い内とは言え、絶対安全とは言えない…》


それでも行くのかい…?


面に彫られた僅な隙間から、ユキの不安そうな瞳が見えた。



『手が尽くせる事があるなら、どんな小さな事だってやってやるさ。たとえ“あっち”と繋がっていなくたって、何か手掛かりが掴めるかもだしな』



《お兄さん、訊いてもいいかい…?》



ユキは昨晩から共に行動し、鳴海が驚くほど正義感が強い人物だと言う事を知った。だからこそ訊きたい事があった。





《お兄さん、どうして危険だと解っててそこまでしてくれるんだい?……死んでしまうかも知れないのに》




『……嫌なんだよ。誰かが悲しんだり…苦しむのが』


物語のヒーローが口にしそうなセリフだと、鳴海は自嘲的に笑う。



『馬鹿みてぇだろ。どんなゲームや物語だって、シリアスや悲話があるから面白れーのに、自分の愛するもの皆が幸せになれる、山場もクソもねー“ハッピーエンド”しか望まないなんて』


鳴海はそれでも…、と今度は語調を強め続ける。



『自分の目の先に、助けられる人が居るんだ。しかも俺と同い年の奴らが、訳も解らねー場所に閉じ込められたんだ。なら俺は、俺の出来る限りの事をするだけだ』



《――ッ…》


この時、ユキは自責の念に駆られた。
自分はどうしてもっと自己中な人間に頼まなかったのだろうと。

彼が、鳴海 恭介がもっと傲慢で、自分可愛さに怪物に出会った瞬間尻窄みして逃げ出す人間だったら、こんな無謀な頼みをした所で良心も痛まなかった。


しかし実際の彼は余りにも……






『ユキ、この山道分かれ道になってるけど、どっち行けばいいんだ?』



《ごめんね…お兄さん……》



『ユキ……?』



《あ、あぁ!何でもないよ!この道を右に行けばもうすぐ目的地だから!》



この時、不本意だが面を被っていてよかったとユキは思った。

彼は人(ユキは霊だが)の感情の機微を瞬時に感じ取れるらしく、今までも何度も面越しにユキの感情を読み取っていた。


この時も彼はユキの繕った態度に何かを察し、ユキの前に腕を差し出して来た。

一瞬読み取られたかと強張ったが、鳴海が発したセリフに、杞憂だった事を知った。




『やっぱこっちでも飛びっぱなし、てのもキツいだろ。肩、使えよ』



《ぁ、…じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな》



フワリと昨晩と同様にユキは鳴海の左肩に取り憑く。




《重くないかい?》



『あぁ、そう言われればこれ、あの定番の“霊が肩に乗っている”状況なんだな』


他愛もない話をしながら、二人は目的の場所へと向かう。




――――---………‥





鬱蒼と緑が行く先を遮る、整備されていない山道を歩く事約2時間。
ようやく目的地に着いたようだ。




『外から見ても、すげー雰囲気あるな…』

山道はあれだけ繁っていた緑。
しかし目の前の、辛うじて建っている廃校の周囲には枯れ木しか生えていない。
そこに数十羽ものカラスが止まっており、鳴海を見たそれらは「カァ…カァ!」と威嚇するように鳴き始めた。



『……“こっち”だって言うのに、この不気味さはホント何なんだよ』


鳴海が廃校に近付く様を、カラス達は気味悪く見詰めている。




《本当に…気を付けて、何だか…変な感じがするから》


ユキは鳴海の衣服を強く握り締めた。




『鍵が掛かってんのかよ…』

昇降口に当たる扉に南京錠が3つ。しかもそれには鍵穴が見えなくなる程お札が貼られていた。

何を封じているのかはだいたい予想出来る。


どうにかして開けられないだろうか。鳴海は南京錠の1つを触ってみる。





パキィィィン……



『は…、あ…?……開い、た!?』

鳴海の指が少し触れた瞬間、全ての南京錠が割れ、足下に落ちていった。

それだけでなく、南京錠に貼られていたお札が、みるみる燃えていき、跡形もなく消えてしまった。





「カァ…カァァァァーー!!!!」


『ぅ……るっせ…!!』

刹那、枯れ木に止まっていた数多のカラスが飛び立ち、鳴海に向かって降下してきた。




《お兄さん危ない!中に逃げて!》



『まっ、て、このカラス…!!』


ユキに押されるようにして、昇降口から廃校に逃げ込んだ。




「カァ、カァァァァ!!」


閉まった昇降口に力任せに突進してくるカラスの群れ。
そのあまりの多さに、昨晩見た窓の外の光景を思い出す。



『ッ…、やっぱこのカラス、普通じゃねー……』

ガラス越しにカラスをよく見ると、本来あるべき所に眼球が無く、またほとんどのカラスは体の一部が欠損している。


鳴海は反射的に口元を覆った。




『っ、やっぱあのお札、燃えたら駄目だったんだよな……』


《それは違うよ、お兄さん》


ユキは鳴海の肩から浮き上がり、鳴海の目線近くに飛ぶ。




《あのお札に書かれた文字は封印のものじゃなかった。書かれていたのは呪詛、しかも強力な怨念が込められていたよ》


『じゃ…あのお札の意味って』


《“こっち”の廃校に、誰も入れない為だね。他にも、廃校を囲うように止まっていたカラスは番人であり、廃校を異世界に閉じ込めている支柱なんだ…》



鳴海は未だに外で暴れているカラスを見る。

カラスらの欠損した部位や傷口を見た彼は、ある事が頭を過った。

あのカラスらの傷は、共食いの痕ではないだろうか?

確証は無いが、鳴海はふとそう思った。



**********





昇降口から右折し、鳴海は昨晩“あっち”で入手した地図をブレザーの中から探す。


『………!?』



――無い…!!?

思い当たる場所を探るが、地図らしき物は見当たらない。


もしや家に置いて来たのか。
またはさっきの騒ぎに落としたのだろうか。


焦る鳴海の頬に、フワリと何かが触れた。
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