紫紺の楔

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時は鳴海が煙となって消える前に戻り、廃校南棟2階――






若「おい桜井、大丈夫かよ」


桜「ス、スイマセン!先輩に肩なんて貸してもらって、図々しくてスイマセン!」


若「いや、別にいいけどよ」


今「そんな風に言えんなら、大丈夫そーやな」

先程、階段での恐怖を味わった桐皇学園の面々は極力声を抑えつつ、2階の廊下を進んで行く。


いつの間にか、防火扉を叩くあの音ももう聞こえなくなった。




「あの……」



桜「わ、ヒィィィッ…!!」

若「うおっ!?」


前触れもなく、最後尾を歩いていた2人の背後から声がした。



今「なんや、黒子クンかいな」

黒「すみません、驚かせるつもりはなかったんですが」

黒子は申し訳なさそうに眉をハの字にする。


今「ああ…ええねん、ええねん。ちょっとさっきの今やったさかい、過敏になってるだけなんや」

今吉は掌を左右に振り、気にしなくていいと言う。



今「…にしても、こんなオモロイ格好の青峰、そうそう見れへんわー」

今吉はカラカラと笑い、自分の後ろに隠れてしまった青峰を見やる。

その長身を小さく縮こまらせ、青峰は壁に向かって丸くなっていた。

かつて黒子と初めて出逢ったあの時のようだ。
あの時も同様に、青峰は黒子の声に驚き縮こまっていた。



黒「なんだか、出逢ったばかりの頃を思い出します」

相変わらずの無表情ぶりだが、どこか嬉しそうに見える。


青「おいこらテツ!居るなら居るって言えよ!ビビ……びっくりするだろうが!」


今(ビビったんやなー。いやぁホンマ面白いで)



若「面白がってんな」

若松の呟きに桜井は小さく頷いた。





火「ぉ…ぉい黒子、だ、大丈夫なのか!? 人か!? humanかちゃんとッ…!」


黒「はい、桐皇の人達です」

ガタガタ震えながらも黒子が心配で教室から出て来た火神。
扉の窪から手を離さず小刻みに震える様は、生まれたての小鹿のようだ。



今「何や、誠凛サンと合流してもうたな。北棟はもうええんか?」


黒「まずは教室に入りませんか?その事も含めて、互いの情報を交換しましょう」


黒子に促され、桐皇メンバーは3-6の教室に入っていった。





**********




黒「それでは、一度情報を交換し合いましょう」

教室に並べられていた机や椅子は前半分に寄せ、話し合えるスペースを作った。


今「ああ、桜井は床に座らんでええわ。足捻ってもうたんやろ」


黒「どうぞ」


桜「え、あ!スイマセンっ!」

今吉に言われ、一瞬ギクリとした桜井だったが、黒子が椅子を差し出し、そこに座らせる。


桜「…で、でも、先輩方も居るのに、僕だけ椅子に座るなんて…」


日「ダァホ!いいから、怪我人は黙って座ってろ」


日向に一蹴され、桜井は大人しく座っている事になった。






黒「まず、皆さん知っての通り、僕ら誠凛と海常は体育館を出てから北棟を調べる事にしました。海常は3階から調べるとの事だったので、そこで別れました。
僕らは1階を調べていました。北棟には体育館から入ってすぐの所に保健室がありました」


そこで言葉を区切り、黒子は桜井を一瞥する。



黒「しかし残念ながら鍵が掛かっていて、中には入れませんでした。桜井くんが怪我をされているなら、尚更必要になってくると思うんですけど……」


今「そやな、これからどんどん怪我するヤツが出てくるやろうしなー。まぁ、こんなとこにあるモンが衛生に問題ないか解らへんけどな」



日「…でだ、俺らは保健室を諦めて1階の部屋を探索していた。一応トイレも調べた。北棟1階はどうやら家庭科系の特別教室が並んでいるらしい。やっぱ鍵が掛かっていて中には入れなかった。――で、1階の一番奥にある部屋に向かう途中、伊月が……」

目配せを受けた伊月が頷き、口を開く。


伊「俺達がいた廊下の反対側から、何かを引きずる音と影が近付いて来たんだ」

伊月はその時の様子を思い出し、表情を強張らせる。


伊「かなり大柄で、下手したら木吉と同じか、陽泉の紫原ぐらいのデカさだった。いち早く気付いた俺達は移動する事にしたんだ。けどその時……」


木「俺が持っていたストップウォッチを落としてしまったんだ」

面目無い…。
目に見えて落ち込む木吉。そんな彼の頭を日向はスパーンといい音を立てて引っ叩く。


木「日向、痛いぞ…。確かに俺がしっかり持っていたら…」

日「ダァホ、過ぎた事悔やんでも仕方ねーだろ。それに誰もお前を責めてねーよ」


頭を擦りながら、木吉はもう一度「すまん」と謝った。



伊「音に気付いたそいつは、奇声を上げると同時に、とんでもない速さで俺達を追いかけて来たんだ」


黒「慌てて僕らは側にあった階段を上り、2階の間を繋ぐ渡り廊下を通って南棟に入りました。
そして南棟の2階を走る中、僕を始め、皆の体力も限界に近付いていました。途中僕は木吉先輩に担がれ、後ろを見る事が出来ました」


その際に黒子は改めて怪物の全貌を見た。そしてそれを思い出し、黒子の顔色が悪くなる。


黒「本当にとてつもない速さでした…。それに…まるで干からびたような体で、両手には…死体を持っていました…」


黒子の話した内容に、桐皇のメンバーは顔を見合わせ、頷きあった。

自分達が先程遭遇したあの怪物だと。



日「……でだ、本気でヤベェって思った時、信じらんねーかも知んねーすけど、突然この教室の扉が勢いよく開いたんすよ」

日向は向かいに座る今吉を窺うように話した。



日「突然開いた扉に驚いていたら、急に中に引きずり込まれたんすよ、俺と火神が」

火神を見ると、コクコクと柄にもなく静かに頷いている。
余程堪えたのだろう。


伊「目の前で2人が引きずり込まれて、俺も動揺してたら、俺と木吉、そして黒子も教室の中に引きずり込まれたんです」


黒「そして僕達を引きずり込んだ教室は、また一人でに閉まり、鍵も掛かりました」


誠凛の話にまず一区切りつき、聞き手に回っていた今吉が顎に手を当て、何とも形容し難い表情を浮かべる。



今「つまり、ここに“何か”居るちゅー訳か?怪物やない、ワシらを助けてくれた第三の“何か”が…」


火「し、信じられねーってか」


今「そうは言ぅてへん。まぁワシは君らと違ぉて純粋な考え方が出来ひんだけや。例えばこの学校にはメカニズムがあって、時間、条件によって扉の開閉や、人を閉じ込めたりする…とかな」

感情の読めない笑みを浮かべる今吉。しかし彼は自身のかいた胡座に肘を乗せ、苦笑いを浮かべた。


今「と言うのは、結局ワシの屁理屈や。現にワシらもお陰で助かった口やと思うしな」


今吉が黒子に目配せをする。
黒子は続きを話し始める。


黒「鍵が掛かって少しすると、閉ざされた扉が激しく叩かれました。間違いなく例の怪物が力任せに叩いていたんでしょう」


桜「え、それっておかしくないですか?」

桜井が首を傾げ、黒子の言葉に疑問をぶつける。

よって桜井の方向に視線が集まり、彼は肩をビクつかせた。


桜「スイマセン!スイマセン!」


黒「いえ、気にしないで下さい。桜井くん、何がおかしいんでしょう?」


桜「あの…扉を叩いていたのなら、手に持っていた死体どちらかを置いて叩いていたんでしょうか…。そうだとしたら、ずいぶんと几帳面な怪物だなって…」


青「良、お前何言ってんだ?」


桜「…あの、実は僕達もその怪物に襲われたんです。……その時、怪物は両手に死体と首を持っていました。だから、どちらかを置いて、わざわざまた拾ったのかなって…」


青「はぁ?んな面倒な事せず、普通にその首を持った方で叩いたんじゃねーの」


伊「確かに、あの音はただ叩いているだけじゃなかったように思う。こう…何か固いものを叩き付けている……」

伊月はそこまで言うと、有ることを想像し、口元を押さえた。


桜「だったら…尚更おかしいです。……だって」

黒子と今吉が立ち上がり、廊下に出て扉を見る。


今「なるほどな…。やとしたらホンマけったいな事やで」

今吉の言葉の意味が解らず、同じく扉を見ていた黒子に視線が集まる。


黒「怪物の持っていた死体は生々しく、引きずった際には痕が残るほどでした。もしそんなものを持って叩いていたとするなら、扉の周辺には血が飛び散るはずなんです。……でもこの扉の周りには、そんな痕跡残っていません」


一同はあまりの奇妙さに、口を開く者は居なかった。





**********




今「ほな、次はワシらの番やな」

今度は今吉を中心とし、体育館から出てから誠凛と合流するまでの行動を誠凛に説明した。


今吉「2階に来た瞬間に遭遇するなんて、ツイてへんわ…ホンマ」


黒「そう言えば、しばらく扉を叩いていた怪物が、なぜか急に叩くのを止めたんです。しかも止めると同時に、怪物は叫声を上げて、まるで誰かを追い掛けるように走り去ったんです」


青「なんでそう言い切れるんだよ。しかも“誰か”って誰だよ」


黒「わかりません。でも、それは人だったんじゃないかと思います」


今「そう思った理由は何や?」


黒「……声が、聞こえた気がしました」


今「怪物のか?」


黒「いえ、あれは男性だったと思います」


――こっちだ!ゲテモノ野郎っ!!!





今「けどなぁ、ワシらはその怪物と遭ったけど、男なんておらんかったで」

今吉は眉をハの字に顰め、黒子も困ったように頬を掻いている。


すると、しばらく視線を床に落としていた桜井が、蚊の鳴くような声で呟いた。









桜「僕……その人視ました…」
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