紫紺の楔

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まだまだ厳しい寒さが肌を突き刺すようなこの季節。WCも終了し、それぞれの高校バスケ部は次の大会に向けて調整し始める。

けしてオーバーワークにならぬよう。されど自分の出せる限界を越えられるように。

この日どこの学校も、いつもより早めに練習を切り上げ、自主練をする者も珍しくいなかった。


――この時、たった10分だけでも練習が長引いていたら、自主練をしていたら、……彼らにこの後訪れる運命というヤツが変わっていたのかも知れない…









―――――--……‥‥








センパイ達と部室でいつもみたいにふざけあって(?)いたら、突然、部室の明かりが消えた。
消えた当初に聞こえた口の悪いセンパイの声は、気が付けば小さくなっていた。

オレは咄嗟にいつもの調子で「恐いんすかー」って言ってみた。そしていつもみたいに罵声が飛んでくると踏んでいた。

けど、そんな日常は返って来なかった。
それどころか、あれだけ居た部員の声も、息遣いさえ、何も聞こえてこない。


「ちょっ!冗談キツイっすよ!何みんなしてビビってんすかっ!!」

よく後ろに草生えてんぞ、と言われている口調で呼び掛けるが、反応1つ返って来ない。

そしてオレはこの違和感を理解する。
停電にしちゃ、全員が全員、冷静過ぎやしね?

そして何より、先程までずっと横で着替えていたはずの相棒の気配を感じねぇ。
試しに呼んでみるけど、あの独特な口癖は聞こえない。


「――っ」
不意に冷たい風がオレの髪を揺らした。
あれ?部室のドアなんて開いてなかったよな?
ましてやウチの学校は古いとは言え、隙間風が入り込むような隙間も無いはずだ。


次第に目が暗さに馴れてきて、ボヤけてではあるが辺りが見えるようになった。


「はあぁ!?」

オレちゃんとさっきまで部室に居たよな!?

周囲を見回すと、そこは教室だった。けどウチの学校の教室じゃない。明らかウチの学校より古く、煤やホコリが被っていた。


「使われてねー空き教室……なわけねーよな」

軽く現実逃避を考えてみるが、無茶がある。じゃここはどこだ?


「つか、オレ着替え途中だったよな…」

自分の身なりを見ると、先程まで着ていた練習着ではなく、秀徳の見馴れたオレンジのジャージだった。

教室を一通り見て、ここが廃校だという事がわかった。

教室の至るところの壁にはクモの巣。その上、剥げて中のコンクリートつうの?とにかく内部が見えてるし、何より床が立ってるだけでもギシギシ鳴る。




ギシ…ギシ…ギィ……




「――!?」

オレは咄嗟に傍にあった教卓に体を滑らせた。
隠れる際に床が大きく鳴ったが、そんなことにまで頭が回るほど落ち着いて行動は出来なかった。

教卓からヒビの入った曇りガラスを見ると、奇妙な影が映っていた。



「何だよ…あれ」

何か…球体状のモンから糸の束みてぇなのが垂れてて、そんで宙に浮いてる…!?

つか球体に糸みたいなモンって…この状況的に考えて、アレしか思いつかねぇ…。




息を殺して、曇りガラスを見詰める。目を見張り過ぎた所為で乾いてきた目を一回瞬かせる。


「――!!?」

オレは反射的に教卓から出た。
たった一回の瞬きで、廊下を漂っていた影を見失った。

この時、オレは冷静じゃなかった。動揺は思考を鈍らせ、視野を狭める。

だから、ホークアイが売りなはずのオレは、自分の真上の怪物に気付くのが遅れてしまった。



「――――ッ!!」


それは天井に這うように張り付いていて、オレと視線が合うと、ニタ…と不気味な笑みを見せた。






*******




廃校の至る場所で、バスケ部員らの叫声が響き渡る。
しかしその声は閉ざされた空間の外に漏れることはない。

ただ、枯れ木に止まっていた数羽のカラスが、まるで嘲笑うかのように数回鳴いた。
















―――タ…ス……ケ…テ…


――助ケ…テ…ッ



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