紫紺の楔2

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一同は鳴海が消えた空間を茫然と見詰めた。

後にも先にも、目の前で人が消える光景など見た事が無い。
今までそこに鳴海が居た訳だが、現在それらしい痕跡も無い。
まるで幻覚を見ていたような錯覚に陥っていた。




高「センパイ……マジで現実(アッチ)に帰ったんだな……」

実際に目にするまで信じきれていなかったが、一同はこれを境に、改めて鳴海がイレギュラーの存在である事を理解する。







≪……さて、お兄さんがアッチへ帰った今、皆に話す事があるんだ≫

ユキの引っ掛かる物言いに、赤司が片眉を上げる。



赤「鳴海さんに聞かれたくない話なのか?」

赤司の問い掛けに、ユキは静かな声音で話し出す。



≪まず最初に言わせてもらうよ。……火のお兄さん。お兄さんはしばらく、体育館(ココ)から出ない方が良い。いや、出ちゃいけないよ≫

火「どういう事だよ……!?」

思わぬ発言に火神は声を上げる。
すると、それに対して赤司が答える。




赤「"血"……だね…」


≪そう。火のお兄さんは、中庭で怪蝶に"血"を与えてしまった。……その後の事を、2人は覚えてるかい?≫


高尾と火神は顔を見合わせ、戸惑いがちに頷いた。

高「血……って言うか、仲間の蝶を喰ったヤツらの姿が変わってくのを見た…」


花「……つまり、火神の血を吸った蝶どもは、“成長した”って事か」

花宮は答え合わせをするように、白いオーブを見遣った。



≪うん、その通りだよ。けど怪蝶だけじゃないよ。前にも話したけど、廃校を闊歩している彼らは皆、己の空腹を満たすと同時に、"力"を欲しているんだ。……お兄さん達が思っているよりもずっと、"血"って凄く力があるものなんだよ≫

赤「ソッチの業界では、よく耳にする話だね」



≪また血だけじゃなく、"毛髪"や"爪" 、 "唾液" "言霊"にだって強い霊力が宿っているんだ。……その中でも、"血"を与えてしまったのは極めて危険だよ。もしかしなくとも、廃校中の怪奇たちにその匂いを覚えられてる可能性がある…≫

火神が蒼褪める。
共に居た高尾も真剣な表情を浮かべている。




今「要するに、ワシらに“怪我するな”っちゅー事やな、神サン?」

今吉の言葉に、ユキは肯定の意を示す。


森「だが、それをどうして彼が居ない今話すんだ?霊体の彼なら、血を流す事もない上に、彼自身の理念にも一致しているだろう?」

笠「お前は、アイツをそんな盾みてぇな扱い出来んのか?」

森山の疑問に対し、笠松が呆れたように、そして不愉快そうに言った。


森「そんな訳あるか。彼は十分過ぎる程に俺達を助けてくれているだろう」

森山はその整った顔立ちを引き締め、真剣な声音を発する。
森山の言葉に笠松は満足げに頷いた。


≪……彼がこの場に居たら、きっとお兄さんが思った通りの発言をするだろうね。――でも、それが問題なのさ≫
ユキは僅かにトーンを落とし、続ける。



≪お兄さん……鳴海恭介の体が思念体、即ち剥き出しの精神だって話はくどい程説明したね?現に今 彼が還る様子を目の当たりにした訳だ。……廃校の怪奇たちは力を欲している。――ここまで言えば、もう解る人も居るでしょ?≫


赤「つまり、鳴海さんは"霊力の塊"と言う事だね」

高「は、あ!?」


今「――成る程なー…。今のでさっきの口論の真意が解ったわ」


火「どういう事だよ!?……です!」

花「ふはっ。どういう事も何も、そのまんまの意味だっつーの」

花宮の皮肉にイラつく火神を宥め、木吉が説明してやる。


木「要するに、鳴海さんはこの中の誰よりもアイツらに狙われる存在なんだ。当然、怪物たちからしたらこの上とない"ごちそう"だろう」

伊「ユキはそれを解っていたから、頑なに引き留めていたんだろうな」


花「――けどあの人はソイツの意思も訊かず、お前らを助けに行ったんだよ。っは、救世主サマはずいぶんと自己犠牲が好きみてぇだな」

花宮は口元を歪め、この場に居ない鳴海の行動を蔑むかのような発言をする。
花宮の言動を傍で聞いていた原と古橋は、それぞれ対照的な態度で言う。


原「花宮〜、あんま鳴海サンを悪く言わない方が良いんじゃない?」

古「……狂暴な番犬が付いてるようだからな」

古橋は向かいに座る高尾を一瞥した。
高尾はひと1人ぐらい容易に射殺せそうな鋭い目付きを花宮へ向けていた。



緑「……だが、それだけでは腑に落ちないのだよ。思念体である為、怪物たちにとって鳴海さんは力の塊だと言うのは解る。では、何故今まで鳴海さんは"狙われていなかった"のだよ」

思い返せば緑間の訊ねた通り、鳴海の存在は怪奇たち認知されていた。にも拘わらず、鳴海が集中的に狙われた事は一度として無い。
更には鳴海自身が行動を起こさぬ限り、存在に気付かれない事もあった。



今「……護ってたんやろ、神さんが。せやから、鳴海クンが行く言うた時、自分も憑いて行くって言い出したんやろ?」

一同の視線が今吉に集まる。


今「大方、神サンの力……恐らく“結界”で鳴海クンを隠してたっ言う事やろ」

――いや、違うか……

           
今「鳴海クンの【擬似的な肉体(ウツワ)】を作ってたんやろ」

口角をつり上げ、笑う今吉に、ユキは息を呑んだような声を漏らした。




≪……お兄さんの勘の良さには驚いたよ。正直ボクでさえも恐怖を覚える程に…。お兄さんは、読心術でも心得てるのかな?≫


今「ほー、当たりかいな。なんや嬉しいわー」

嘘か真か判断しかねる様子で喜んで見せる今吉に、隣に居た花宮が「サトリが…」と小さく毒づいた。




≪お兄さんが言った通りだよ。ボクは鳴海恭介の思念を被うように、薄い"結界"を張っていたんだ。――彼の体は例えるなら"純水"だと言ったね。水はそれを収める器が無ければ流れてしまう。つまり、怪奇たちにその存在を知られてしまうのさ。……まぁ、今回の件で知られてしまっただろうけどね≫


火「なあ、それってまた張り直せば良いんじゃねーのか!?……ダメなのか?」

日「ダメに決まってンだろ。1度存在を知られたからには、例え同じように擬体を作ったところで、すぐ嘘っぱちだって気付かれちまう」

火神、高尾の2人はばつが悪く、視線を落としてしまう。自分達が上手くやれていれば、鳴海を危険に晒すこともなかった。

突然、頭を、背中を引っ叩かれた。



日「ダアホ!何いっちょ前に責任なんか感じてんだよ!」

宮「何シケた面してんだ、轢くぞ!」

火神と高尾は、それぞれ背中と頭を擦りながら、叩いてきた本人らを見遣る。


宮「……あのな、お前ら2人がアイツの行動を"間違い"にしてやんなよ」

日「ああ。それにな、どの道あの人は、いづれ体育館(ココ)を飛び出してたと思うぞ」

日向の言葉に、一同は鳴海の様子を思い返す。
ソワソワと落ち着きが無く、しきりに鉄扉を見ていた。座っている事がほとんど無く、常に立った状態でいたのが印象に残っている。

皆が声に出す事無く、肯定した。
ああ、確かにあれではその内飛び出していた。


日「だから変に責任感じる必要はねーよ」

わかったか!
強く念を押され、火神と高尾はどうにも腑に落ちないが、渋々頷いた。



≪さて、これで今回の件について話しておきたい事は話せたよ。……正直、お兄さんの事が心配だけど、ボクはまだ“結界”を安定させる為にここに残るよ。……お兄さん達はどうするんだい?何なら、今の内に他の質問にでも答えようか?≫


赤「……いや、今はまだ止そう。高尾くん達以外にも、精神的疲労を覚えている人も居るからね。僕も情報の整理がしたい。少し休んでからまた探索に向かうよ」


≪……そうかい?≫


赤司にそう言われしまえば、ユキは強要するものでもないか、と口を噤んだ。



高「…………」

高尾はユキとおぼしき白いオーブを見詰める。
赤司との会話を終えたユキは"結界"の安定に努めている。


高尾の脳裏にはずっと引掛かっている事がある。鳴海の体を突き抜けた際に感じた“違和感”

まるで水を触っているような掴みどころの無い体。
在って無いような体温。
中身の存在しない虚ろの器。――だと言うのに、一瞬であったが確かに感じたソレ……。
温度の無い思念の体で唯一、"ある部分"が熱いくらいに温かかった。

高尾は一歩ユキの元へ踏み出す。

変に口の中が渇き、喉が張り付く。
それほど緊張しているのだと、高尾はまるで他人事のように思った。
足も震えている。



高「――……?」

違う。高尾は足を止めた。


――揺れてる……?
誰かが言った。
その言葉通り、高尾自身の足では無く、床自体が僅かに揺れているのだ。

緑「……震源は、校舎……いや、これは……」

赤「第1体育館側からだね…」

体育館内に散らばるメンバーの様子からして、第1体育館側に近い者が強い揺れを感じている。

揺れが収まった事を確認し、赤司と有志のメンバー数人が第1体育館へと向かう。


赤「新たな怪奇が出現したのかも知れない。皆、すぐに動けるように構えておいてくれ…!」

赤司の言葉に、メンバーが頷く。
それを確認した笠松が注意深く、重々しい鉄扉を開けた。
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