紫紺の楔2

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温かいそれを辿り、視線をおとす。


鳴海が左胸に翳す両手の上に、火神の男らしい手が重ねられている。

ただ、それだけの事。


しかし、火神の気遣いに、声に、靄が掛かったようにボヤけていた意識と視界がハッキリとしていく。

いつの間にか、小さな怪物たちは居なくなっていた。




高「鳴海サン!おい鳴海サ――」


『たか、お……。あんま、大声…出すな……。気付かれる……』

まだ少しチカチカする。
しかし、体は自由を取り戻している。
鳴海は高尾の口を押さえた手を退け、ふらつきながら立ち上がる。


『悪い、また心配掛けたな。……しかももう目前に体育館があるって時に……』


火「気にする事ねーすよ。それよりもう大丈夫なんすか」

高「まだツラいなら、もう少しここに居ましょーか?」


『いや、こればっかりはゆっくりしてられねーよ。……現世に引っ張られてる。もうすぐ俺は消えなきゃいけない…。その前に、どうしても2人を体育館へ送り届けたいんだ』

鳴海の真摯な様子に、火神と高尾は顔を見合せる。


高「……あーもう、ホンット鳴海サンのそういうトコずるい」

高尾が肩を竦めて立ち上がる。


火「……お前も苦労したんだな、高尾」

火神も苦笑いを浮かべて立ち上がった。



高「こういう時のセンパイは何言っても聞き入れてくれねーの解ってるし、正直、オレもさっさと安全圏に帰りたいしな」

2人は鳴海の申し出を了解し、体育館へ向かうようだ。







*****




火「……っ、もうすぐそこに体育館があるっつーうのに、今になってバケモノ共が集まって来やがった…ッ」

保健室の扉を少し開け、外の様子を窺った火神はヒクッと喉の奥をひく付かせた。


高「何か……手を打たねーと…」


『なら、さっきみてぇに俺が…』

鳴海が提案するが、火神達は首を振った。


高「正直よく解らねーすけど、アレを連発すんの、良くない気がします」

火「つか、鳴海さん、体大丈夫なのかよ。さっきのヤツ、負担掛かってんじゃねーか?」

彼らの心配そうな表情に、鳴海は次の言葉を飲み下した。
助けにきたのは自分なのに、心配させてばかりだ。

助ける為には危険を冒す必要がある。

その覚悟もある。

しかし、




『(我ながら、ヘタレだな…)』

危険を冒せば、優しい彼らは間違いなく心配する。
解ってはいるが、心配を掛けたくなかった。


鳴海は自身の“弱さ”がつくづく嫌になった。


『(なら、また別の手段を考えねーと…―――)』










ウフフフ… 私ガ 追イ払ッて アゲましョウカ…?







『――――――…ッ!?』

耳元辺りで、少女のような声がした。
反射的に耳を手で押さえ、背後を振り返る。


高「え、センパイどうしたの!?」


『…………高尾、今の声…聴いたか?』

後ろは荒れ果てた保健室。少女らしき影はどこにもない。


高「声……?」

『聴いてないんだな…?』

高尾の様子から、それが聴こえたのは鳴海だけのようだ。
ならば空耳だろうか……そう片付けようとした時、火神が声を上げる。


火「あいつら……バケモノ達が、散って行く…?」

高「え…?」

火神の言葉を疑い、高尾も扉の隙間から外を覗く。
保健室周辺をたむろっていた幾多の怪物達は、まるで蜘蛛の子を散すように一斉に散って行く。
それはまるで、何か視えない力が働いているように感じられる。

ものの数秒で、怪物達は全て居なくなった。
念を入れて高尾が外に出てみるが、辺りには何も居ない。ただ、不気味な静寂があるのみ。


高「どうなってんだ…」


火「けど、チャンスだ!今の内に体育館へ戻ろうぜ!」

高尾はコンマ1秒置いて、「ああ」と返した。

2人に続き、鳴海も保健室を出る。
――先程の光景が嘘だったかのように、何も居ない。


私ガ 追イ払ッて アゲましョウカ…?



頭の中で先程の声が反響している。

あの声は、何だったのだろう。



高「センパイ――!急いで!」


『……ああ』


鳴海は後ろ手に保健室の扉を閉め、体育館へと続く通路へ走った。















――その一瞬、保健室内に幼い少女の姿があった。
少女は扉が閉まりきるその瞬間、口元を三日月形に歪めた……。







――――――…………‥‥

――――……‥



ゴゴゴ……




宮「―――高尾!!」


黒「火神くん!鳴海さん!」


体育館の重い鉄扉を開けると、宮地、黒子を始め、多くのメンバーが3人を出迎えた。


日「ったく!心配させんな!」

火「痛っ!!」

木「だが無事で良かった」



緑「……まったく、時間を掛け過ぎなのだよ」

宮「本当にな!」

大「ああ……何度良からぬ事を思ったか…」



高「心配掛けて、ホントにすみませんでした!……けど、あの時はマジで鳴海サンが来てくれなきゃ、オレ達―――」


≪お兄さん……っ!!≫


『っ、……ユキ』

鳴海の腕の中に、小さな体が収まる。
ユキは小刻みに震えており、時折嗚咽が聞こえた。



≪お兄さん……ごめん、よ…。ごめんよ……っ≫



『いいや、あれは俺が悪かったんだ。ユキは、俺の身を案じて引き留めてくれてたんだろ。……ごめん』

ユキはフルフルと首を振った。



≪けどボクは……お兄さんに事情も話さず……頭ごなしに叱りつけてっ……お兄さんを…傷付けて…≫



『俺みたいな奴は、一回痛い目みねーと解らんねーんだ。おかげでいい薬になったよ。…けど、助けに行った事は後悔してない。悪いな…』

鳴海はユキの頭を撫でる。


『……取り敢えず、その話は今は置いておこう。火神クンが怪我をしてんだ。治療してやらないと』

鳴海の言葉を聞いた者達が、火神に詰め寄る。同様に高尾の方にも人だかりが出来ている。


大「お前は何ともないのか、高尾!?」


高「お、オレは平気です…」


宮「とか言って、かすり傷でも隠してやがったら焼くぞ!!」

高尾は周りの剣幕に気圧され、変に吃(ドモ)ってしまった。




実「ちょっと心配だわ……。念の為、ちゃんと体を見せてもらえるかしら、和ちゃん」

高「か、和ちゃん……ッッ!!?え、ちょっ!待って!!本当に怪我してないですから!!ひん剥こうとしないでッ!!ちょっ、誰か!助けてッッ!」

実「心配しなくても大丈夫よー。大人しくしてくれればすぐに気持ちよくなるから」

高「気持ちよくなるって何っ!!? 怪我を診るだけですよねッッ!?あ、ちょっ!ズボン引っ張らないでっ!!!」


高尾は必死にジャージを脱がされまいと抵抗するが、力は明らか実渕が勝っており、着実にジャージが脱がされていく。
中には止めた方が良いのではないか、と思う者も居るが、実渕のただならぬ雰囲気に圧倒され、また、巻き込まれる事を恐れ、遠巻きに彼らを見守っている。


高「ひぃっ!マジで誰か助けてッッ!!」


実渕によって危ない薔薇園が展開されよう――というその時、高尾に救いの手が差し伸べられた。


赤「もうその辺で勘弁してやれ、玲央」


実「……ごめんなさい、征ちゃん。彼があまりにも初々しいものだから、悪ノリしちゃったわ」

         
ごめんなさいね、高尾ちゃん?
にっこりと微笑まれ、高尾はゾワリと全身を粟立てた。



『……相変わらずモテてんな、高尾』

高「あれは違いますから!うー怖かった…、マジで掘られちまうかと思った……っ」

若干 涙を浮かべながら高尾は鳴海の傍に駆け寄り、乱された衣服を正していく。
慰めの気持ちを込めて、鳴海は高尾の頭を撫でた。


実「怖がらせちゃってホントごめんなさいね」


高「――ひぃっ!!」

綺麗なウインクを飛ばしてきた実渕から隠れるように、高尾は鳴海の背後に身を寄せた。


『……さっき死線を越えたばかりなんだ。程々にしてやってくれないか実渕…クン』

自身の呼び方に違和感を感じながら、 鳴海は実渕にそう頼んだ。


実「あら、くん付けなんて水臭い。征ちゃんが信用したんなら、名前を隠す必要なんてないわ」

蠱惑的な笑みを浮かべた実渕は、改めて自己紹介をする。


実「実渕玲央よ。気軽に下の名前で呼んで頂戴?あとウチの騒がしい彼は葉山小太郎。改めてよろしくね、鳴海さん」



『…………わかった、じゃあ“玲央サン”って呼ばせてもらうぜ』

暫しの思案の後、実渕の呼び名を“玲央サン”とした。



実「んもう…、呼び捨てでも構わないのに。……けど、あなたのそういうところ、嫌いじゃないわ」

色っぽく微笑む彼に、当人の鳴海よりも後ろに隠れていた高尾が動揺した。
表情がさっき以上に強張っている。





実「――ところで、それは何をしているの?」

実渕は火神の腕辺りで白く発光するオーブ、基 ユキを見て尋ねる。
余談だが、白い光り(ユキ)を見た火神は、なかなかの反応を見せた。



『火神クンの傷を治してくれてるんだ。現実(アッチ)でも、俺の"ヤスみ"を治してくれたんだけど、まさか治療まで出来るなんて知らなかった』


≪こんな姿になっても、ボクは皆に"幸"を与える神だからね。"勾玉"1つ分の神気が戻った今なら、治療程度なら可能だよ≫

ユキは火神の傷口に手を翳し、小さくまじないの言葉を紡ぐ。
それが途切れた頃には、痕が残る事もなく、綺麗に傷が治っていた。



火「すげぇ…」


≪他には何ともないかい?痒いとか、痺れてるとかは?≫

火「ああ、問題ねー。サンキューな、ユキ」

火神はユキと思われる白いオーブに向かって礼を述べた。
程無くして、勾玉返納の際の報告が行われる。

納めた直後に、計り知れない力が解放された事。
中庭に現れた怪蝶。そいつらは人喰いであり、火神の傷はそれによるものだと言う事。
また、新たに眼窩に空洞が空いた、西洋人形のようなバケモノが出現した事。

……その他、鳴海を含めた3人がそれぞれ思い、感じた事をメンバーに伝えた。


火神が怪蝶に襲われた。と言う部分に、ユキの表情が変わった。
しかし、それはほんの僅かな変化、更には面をしている為、鳴海さえも気付かない程のものだった。












≪……そろそろ、現実(アッチ)のお兄さんが目覚めてもおかしくない時間だね≫


『……だろうな。本当なら、とっくに戻ってた頃だろうし』

鳴海は保健室での体験を脳裏に浮かべた。さっきの報告の際、鳴海は彼らにその事を話さなかった。


≪お兄さん?≫

『…………』

暫し迷ったが、鳴海はユキにその事を話した。



≪……やはりか…≫

『ユキ……?』


ふわり……
一瞬、髪を撫でるような柔らかな風が吹いた。
廃校(ココ)に来てから、初めて感じる感覚だった。
ふと自身の手を見ると、透けてきている。



高「鳴海サン!?」

こちらを見た高尾が声を上げる。それに釣られたメンバー達も、鳴海を見て目を見張る。



≪大丈夫、これは現実へ戻るだけだよ。お兄さん、今、穏やかな感覚を感じていると思うけど、それが本来の感覚だ。今までは"穢れ"の渦巻く【外】で苦しい思いをしながらだったけど、この結界の張った体育館内でなら、穏やかにアッチへ帰れるよ≫


ユキは自分の事のように嬉しそうに言った。
次いでユキは申し訳なさそうに言う。



≪ボクは結界をもっと強固なものにする為に、もう少し廃校(コッチ)に残らなきゃいけない。だから、今日は一緒に帰れないんだ≫


『ああ、解った。…こっちの心配はいらねーから、“結界”の事頼むな』



鳴海はユキの頭を撫でると、煙のように消え、現実へ戻っていった。



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