紫紺の楔2

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ガサッ…ガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサ ……ッ!!!


高尾、火神を囲うように生い茂った草花が大きく戦ぐ。



火「な、何だッ!? バケモンかッ!!?」

高「……ダメだ…っ!草が邪魔で何も視えねぇ…!」


高尾は鷹の目を使用するが草が濃く繁っている為に、その中に“何が”潜んで居るのか判らない。



高「つか、いつまでもこんなトコ居たら怪物共が集まって来ちまう。火神、急いで体育館に戻ろうぜ!」

火「お、おう…!」


2人は不気味に戦ぐ草花を掻き分け、体育館に向かう。
中庭の真ん中辺りまで来た頃、背後でバサッと何かが飛び出たような音がした。

音がした方を見ると、数千匹もの蝶が宙を舞っていた。


赤、青、黄、緑、白、黒 …と鮮やかな色彩を持った蝶たちに、2人は思わず足を止めて見入ってしまう。




高「すっ……げぇ…」

火「こんなトコにも蝶が居るんだな…」


数匹、こちらに飛んでくる。
2人は何の警戒も抱かず、蝶を眺めた。
1、2匹がそれぞれの腕や身体にとまる。


高「……お、真ちゃんカラーの蝶がとまった。こっちは紫原の色だな。火神んトコは水色と黄色か」

火「……水色の蝶とか居んのかよ。何でもアリだな異次元って…」


一時的に目的も忘れ、2人は自身にとまった蝶たちを眺めた。
不意に、火神が「痛っ…!」と小さな悲鳴を上げる。


高「火神どうした?」

火「いや、何かピリッとした痛みが……」

痛みが走った部分に目を向け、火神は絶句した。




火「う…うおッ!」

高「、火神おまっ、腕ッ!」


誠凛ジャージの黒地部分が朱黒く染まっている。
よく見れば、袖の一部が破れている。そしてその上には美しい水色の蝶が止まっている。


火「―――まさかッ」

火神が声を上げると同時に、蝶の口元がパキパキと音を立てて割れ、昆虫に有るとは思えない鋭い“キバ”を覗かせた。


視線を上げれば、宙を舞っていた数千匹の蝶も同じく“キバ”を露わにし、こちらに向かって降下してきた。


火「う、うおッ!!、こいつ…、――ッ!」

火神は腕にとまった蝶を薙ぎ払おうとするが、蝶は落とされまいと深く火神の腕にキバを立てた。



高「火神ッッ!!」

高尾は自身の蝶を薙ぎ払い、火神の腕に噛み付いた蝶を叩き落とした。
蝶は地面に勢いよく地面に叩き付けられ、ビチャ…!と生々しい音を出し、潰れた。破けた体からは火神のものと思われる血が溢れ出ている。

反射的に2人は顔を顰めた。



しかしゆっくりもしていられない。空から怪蝶が目を見張るような速度で舞い降りてくる。



高「火神ッ!体育館へ急ぐぞッ!事は想像してた以上にやべぇ…!!」

火「っ、…ああ!!」


火神と高尾は強く地面を蹴り、まずは北棟の入口に走った。

背後は鷹の目を使い、高尾が気を配った。が、怪蝶たちは自分達を追って来る様子は無い。

先程蝶を叩き落とした場所に怪蝶たちは集まっている。



高(なんだ?仲間を弔ってるのか…?)
その不可思議な光景を視て眇めた目を、高尾はすぐに見開く事となった。


高「ちょ、あいつら何して…ッ!」

火「どうした!!?」



高「あの蝶々ども、仲間を喰ってやがる…!」



――グジュ…グジュ…
怪蝶たちは潰れた仲間の体にそのキバを突き立てる。仲間を喰う音は耳を塞ぎたくなる程に生々しい。


後ろでそんな惨事が行われている内に、2人は北棟入口まで辿り着いた。








ア"ア"ア"ア"アアアアァァァ――!!





高「(ゾクリ…)」

背筋が凍るような奇声が上がる。一度、同じような声を別で聞いた高尾は全身を粟立てた。



火「…高尾、あれッ!!」

火神が後ろを振り向いて声を上げた。
促され、高尾も視点を向け、



高「何、だよ…あれ…っ!?」

声を上げた。








メキッ!メキメキメキメキメキ――
軋むような音が中庭に響く。
その音に合わせ、怪蝶たちの体形が徐々に変わっていく。

3cmほどだった体長は十倍近くまで成長し、風貌ももはや蝶とは言えないぐらい不気味に変わっていった。


高「マジでやべぇかも…」


高尾が言ったセリフは怪蝶たちだけに向けられたものではない。
隣に居る火神が北棟入口の扉を開いて、すぐに閉じてしまう。

その一瞬で高尾は見てしまった。この扉1枚隔てた先に、眼窩(ガンカ)に空洞が空いた、西洋人形を思わせる幼女を。
火神が押さえている扉を、あの細腕からは考えられない力で叩いている。


前方は奇怪な幼女。後方は人喰いの怪蝶。


火「八方塞がり…ってやつか?」

高「火神、意外過ぎる言葉知ってんのな。……けどどっちか進まなきゃでしょ。結果としちゃ、南棟から回って体育館に戻る、で……OK?」


火「まあ…明らかこの先に居るヤツの方がおっかねーしな。そんじゃ、1、2、3で扉から手放すからな…?」

火神がスウゥゥ…と息を吸い、ゆっくりと吐き出す。




火「1……2の―――」


3ッ!



バァァァン!!!





火神が放すとほぼ同時に、幼女が扉を蹴破り、現れる。
怪蝶たちが密集する通路を掻き通り、南棟への扉を乱暴に開ける。

火神、高尾の順で入り、高尾が扉の鍵を締める。
幼女は扉に勢いよくぶつかったようで、大きな音がした。



高「……よし、この廊下を回って体育館戻るぞ、」

一息吐き、高尾が火神を振り返る。刹那、「ああ」と返事を返した火神の背後、階段の方を見て固まる。




ボロ布を纏い、枯れ木のような痩せ細った体。片手には恐らく人だったであろう肉塊。反対の手にはその首だったであろう物体を持った、2mを超える巨体の怪物……。
それは、「誠凛」「桐皇」を襲ったあの怪物だった。



高尾の様子を見て、恐る恐る火神も後ろを見る。


火「あいつは……ッッ!」






《グオ"オ"オオォァ"ァ"!!!》




怪物が咆哮する。
そしてあの跳躍力を見せ、咄嗟に火神が高尾の腕を引っ張り、横に避ける。

怪物は先程2人が立っていた場所に着地した。もし火神が高尾を引っ張らなければ、高尾はこの怪物に襲われていただろう。





《ォオ…グォォァァ…》


どこか不満げな声を上げ、怪物は逃げて行く2人を視界に捉える。



火「どうすんだよ高尾ッ!あいつ、すげぇ足速ぇんだぞ!?」

高「……みたいだな。直進ばっかじゃ、いずれ追い付かれる。…けど残念ながら、このフロアは赤司の居た「校長室」霧崎の山崎サンが居た「応接室」木吉サンが居た「進路室」しか開いてねーし…」

この先の階段には、防火扉が閉まっている。




高「とにかく歯食い縛って走るっきゃないかなぁ……」


火「安心しろっ、もしお前の足が使い物になんなくなったら、そん時はオレがお前を担いで逃げてやる…!」

引き攣った笑みを浮かべる高尾に、火神が頼もしい声を掛けた。



高「うっはー、火神ってばおっとこ前〜!和成惚れちゃうっ」

火「――っ、気色悪ぃ声出すなよッ!」



2人は長い職員室前を通過する。後ろを見れば、大分怪物とも距離が取れている。
この調子なら体育館まで行けそうだ、と気を緩めたのがいけなかった。





目の前を、色鮮やかな蝶が飛んだ。


高「え……コイツって…」

1匹…2匹と、中庭側の壁から次々と蝶が現れる。
あっという間に先の廊下は怪蝶でいっぱいになった。

それだけなら突破を考えたが、時折「キシキシキシキシ…」と“キバ”を研ぐような音が中からするのだ。
恐らく、あの中を通過した末路は、理科室に飾られた骨格標本だろう。



それを悟った2人は一瞬、たたらを踏んでしまった。





高「―――っ!」

火「しまっ…」

その僅かな隙を見逃さなかった怪物は、一気に距離を詰めて来た。

目先に迫った【恐怖】に、2人の足は縫い付けられたように動かない。





高(逃げろ、逃げるんだってッ!!動けよッッ!!皆が心配してんだ、早く、早く体育館へ戻るんだよ…!)


頭でそう思っていても、身体までその意思が届かない。
【恐怖】が足を絡めとり、目の前に迫る醜い怪物の贄にしようとする。



火「こんな訳わかんねートコで…終わりだって言うのかよ…ッ!ふざけんなよッッ!まだ…まだやりてぇ事、いっぱいあんだよ……!」

溢れ出てくる言葉と一緒に、涙が込み上げてくる。
全身が「死にたくない」と声を上げている。しかし硬直がとける様子はない。










死にたくない……っ




怪物との距離、僅か3m。

2人は堪え切れなくなった恐怖心から逃れるように、キツく目を瞑った。






















―――高尾ッ! 火神クンッッ!!







それぞれの右腕、または左腕が引かれる。
冷たくも熱くもない、温度なんて無いに等しいけれど、とても温かく感じられる“何か”が自分達の腕を引っ張った。


真っ暗な視界の中、どこかの扉が開き、閉まる音がした。同時に背中や腰に鈍い痛みが走る。

痛みに顰めた表情を張り付け、閉じていた瞼を開く。


ぽろりと、声が零れた。



高「な…ん……で」

火神、高尾は揃って目を見張る。目の縁(フチ)に溜まっていた雫がパタリと床に落ちた。



首に、肩に、胸に、背中に、衝撃が走った。
しかし今度は痛みを生じるものではなく、むしろ包み込むような感覚だ。









『……今度はちゃんと、護ってやれた…っ』


高「なんで…鳴海サン…。なんでここに……っ!!?」


鳴海は高尾、火神の肩に頭を預け、小さく呟いた。






『言っただろ、お前も…火神クンも…俺は、ここに居る皆を』






――
護るって…。
_


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