紫紺の楔2
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これから行う事の重要さを感じさせるかのように、体育館と校舎を隔てるその鉄製の扉は重々しい雰囲気を持っていた。
“勾玉”をポケットに持った高尾がその扉に手を掛ける。
ゴゴゴ…と、鈍い摩擦音を立て、それはゆっくりと開かれていく。
そして一歩、彼らが体育館の外に出た。
――刹那、
キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!
ガンッ!ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンッ!!
ア"ア"ア"ア"ア"アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!!
体育館内の気温が急激に下がった。と同時に堰(セキ)を切ったように、静寂だった体育館内に不気味な音が響き渡る。
子供の無邪気で狂気じみた笑い声。壁やガラス、扉などを強く叩く音。怪物らのおどろおどろしい咆哮など、人の心に巣くう恐怖心を煽る物音たち。
一気に雪崩れ込んできたそれは、大半のメンバーの顔から血の気を奪った。
赤「……、これは…想定していた以上にきついな…」
あの赤司でさえ表情を強張らせ、冷や汗を浮かべていた。
桜「ヒィッ!」
桜井が悲鳴を上げる。双眸に涙を溜めた彼の視線はギャラリーの窓に向けられている。
つられて数人がギャラリーを見上げる。と同時に咽喉を引き攣らせる。
ギャラリーに設置された窓には無数の手形が付いていた。
“結界”のお陰で今まで視えなかったらしいソレは、窓ガラスを真っ赤に染めている。
時偶そのガラスに映る謎の影。
中にはこちらを覗くように窓に張り付いている影もいる。
――こんなヤツらが普通に居る外に高尾達は向かったのか…!!?
鳴海は館外に出て行った2人の身を案じる。
楔が刺さった左胸が僅かに熱を持つ。
宮「なぁおい、体育館(ココ)大丈夫なのか…?」
大「今のところ、外で様子見しているだけのようだが……」
宮地、大坪が“結界”を失った体育館について疑問を投げ掛ける。
現に怪物らは、体育館の外でたむろしているだけで、今のところ中に侵入してくる気配は無い。
《今のところは、だね。この体育館にも、僅かながら“勾玉”の霊力が残っているから、少しの間は安全だと言えるよ》
いつまで持つか…判らないけど。
ユキの言葉を伝えると宮地は小さく舌打ち、大坪は「そうか…」と短く返してきた。
未だに止む事なく聞こえてくる不気味な音。
それに加え、微かに床が揺れ始める。
地震…では無いことは皆理解していた。
桜「っ……」
桜井が危なげに床に座り込んだ。
彼は足を捻っている。この揺れは怪我に障る上に、他に比べて立っている事も難しい。
今「桜井ー、大丈夫か?」
桜「あっはい、大丈夫…です!スイマセン!」
強がっている様子はないようだ。しかし彼だけでなく、この揺れの中では姿勢を低めていた方が良いだろう。
誰となく、皆床に腰を下ろしていく。
キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!
ガンッ!ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンッ!!
ア"ア"ア"ア"ア"アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!!
――無事で…帰ってきてくれ、2人共…ッ!
鳴海は楔の刺さった左胸を引っ掻くように掴んだ。
**********
視線を感じる…。
体育館を出て程無くして火神が言った。
高「あー…みたいだな、オレも感じるわ。舐め回すみてぇな気味の悪ぃ視線を…」
火「……大丈夫、だよな?」
火神が不安げに呟いた。
高「今は、な。“勾玉”を返した後はどうなるか判らねーけど…」
視線を感じるものの、怪異に出遭う事なく中庭へ辿り着いた。
中庭の一角で一際異彩を放つ小さな社。社の扉を観音開きすると、5つの窪がある台座が2人を迎えた。
高「……火神、覚悟は良いか?これを嵌めた瞬間から、オレらは怪物共の格好の獲物になるからな」
火「……解った、良いぜ」
高尾は台座に“翡翠色の勾玉”を嵌めた。
シン……っと、全ての音が消えた。刹那、社を中心とした激しい突風が吹き荒れた。
火「……うおっ!!?」
高「くっ……!」
それは目を開けていられない程強いものだった。
中庭に生い茂っていた草花は波打つように戦(ソヨ)ぎ、中庭に面した校舎の壁や窓ガラスは悲鳴を上げるかのように軋んでいる。
それはまるで、廃校に巣食う“邪気”を吹き飛ばしているようだ。
****
‐体育館‐
日「うおっ……!!?」
木「ん?どうした日向」
日向が上げた叫声に、一同の視線が集まる。
日「なんか…鳴海サンの肩辺りに蒼白い光がッ…!」
つられて一同は鳴海の方を注視する。
桜「ヒィッ!?」
続けて桜井が悲鳴を上げた。
それに驚き、鳴海は慌てて自身の肩を振り返る。肩にはユキが居るだけのはず……
『……もしかして』
《――お兄さん達、ボクの声が聞こえるかい…?》
赤「その口調…ユキ神かい?」
《うん、どうやら無事“勾玉”が納められたようだね》
緑「ならば…!」
《解ってる、今から“結界”を張ってみるよ》
外からは未だ不気味な音がしている。
一部の者はすでに耳を塞いでしまっていた。
森「な、なんだ!? 何が起きてるんだ!?」
その内の1人である森山が状況を飲み込めず、近くの笠松に訊ねている。
宮「……あいつら、無事に帰って来ねーと埋めっぞ」
宮地が蒼白い顔で呟く。
“勾玉”を返納し終えたという事は、つまりそういう事だ。
――僅かに体育館内の温度が上がる。同時に、不気味な音がピタリと止んだ。
花「……成功、か?」
花宮の呟きに、ユキが肯定の意を示した。
《もうこの体育館の“結界”は心配ないよ。……だからあとは、お兄さん達が無事帰って来るのを祈るばかりさ――》
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火「―――高尾っ、大丈夫か!?」
高「今のとこは…な…っ」
激しい突風は未だに吹き止まない。台風並みの強風はいつ吹き飛ばされても可笑しくない。
一体、何分そうしていただろう。もしかしたらたった数秒間の出来事だったかも知れない。
そう感じる頃、ようやく突風は止み、目を開く事が出来た。
周囲を視た高尾は引き攣った表情をする。
火「ひでぇな…」
中庭はずいぶんな荒れようだった。あちらこちらに木片や何かの破片が落ちており、誠に台風を彷彿させる。
高「けど、そんだけ強い力を秘めてたって事だよ。これなら体育館の“結界”も、」
ガサッ……
「「!!!」」
ガサッ…ガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサ……!!!
中庭に生い茂る草花が、風も吹いていない中で大きく戦(ソヨ)いだ―――。
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