マギ長編2
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「……本当に、申し訳ない…」
老婦人は本当に申し訳なさそうに言った。
キリフォードは「気にする事はない」と視線だけ老婦人に向けた。
今のキリフォードは、言葉を発するには少々困難な状況にある。
背には老婦人を背負い、右手で落ちないよう懸命に支え、空いている左手には荷物を1つ持つ。そして1つ余ってしまった荷物は、かなり無理があるが、口に銜え、歯を食いしばり持った。
分けて運ぶ手が無難だが、老婦人を置いて行く訳にはいかず、かと言って荷物を置いて行って盗まれては元も子もない。
そしてそれらを一気に運ぶ手段となったのだ。
「ああ…そこの角を曲がって下さればすぐですので……」
老婦人に言われた通りの角を曲がると、賑やかな大通りからは想像出来ない、閑静な建物が建っていた。
まるでそこだけ切り離された空間のように、大通りの賑わいも今はほとんど聞こえない。
老婦人をロッキングチェアに座らせ、キリフォードは老婦人の指示に従い、荷物を片していく。
『……全部終わった』
「本当に、ありがとうございます…」
『それじゃ、俺は…』
「あ、ああ、少し待っていて下さい」
キリフォードが帰ろうと扉に向かうと、老婦人は慌てて引き留める。
「最後に、そちらの棚を開けて下さいな」
『わかった』
指示通り、部屋の最奥に置かれた棚を開けてみる。
中から洗濯された衣類の清潔な匂いが漂ってくる。
『……それで、どうすれば良い?』
「ふふ、貴方のお好きな服を選んで下さいな」
老婦人は楽しそうにクスクス笑い、訝しげに首を傾げるキリフォードに本心を告げる。
「私には、貴方ぐらいの孫が居たんですけどねぇ…、もう、それを着ることは出来ないんですよ。その子のお古で悪いですが、せめてお礼として、そちらから好きな服をお選び下さい…」
優しい瞳をした老婦人に促され、キリフォードは衣類を一着一着見てみる。
その内の一着を手に取ると老婦人の方を向く。
「そちらだけでよろしいのですか?」
『ああ』
手に取ったそれは、着なれた魔狼牙一族の衣服に似ていた。
感慨深い表情の彼を見た老婦人は微笑み、再度礼を述べた。
『こっちこそ、服…ありがとうございました』
頭を下げ、微笑む老婦人に別れを告げ、キリフォードはその場を去っていった。
*****
『……よし!』
最後に腰紐を結ぶ。
水面に映った自身の姿を見て、キリフォードは口角を上げた。
衣服は整った。なら次にする事は決まった。
『――なぁそこの旦那…』
手始めに、羽振りの良さそうな男性に声をかけた。
それから翌日も、更にまた翌日も、キリフォードはあちこちを駆け回り、金銭を稼いだ。
そしてある日…
アリババ「じゃ、行ってきまーす!」
アニス「カシム、アリババ、気をつけるんだよ」
家から目的の人物が出て来たのを確認すると、キリフォードは物陰から姿を現した。
アリババ「あ、あん時の兄ちゃん!」
アリババは現れたキリフォードを見ると、表情を綻ばせ駆け寄ってきた。
キリフォードは彼が覚えていてくれた事に、内心でホッと息を吐いた。
カシム「誰だ?」
カシムは少しばかり小綺麗になったキリフォードがわからず、小首を傾げた。
アリババが先日の一件について説明してやると、カシムは短く「あー」と理解を示した。
カシム「つー事は、その布の下は首輪が付いてんのか?」
『…ああ』
指を差すカシムに従い、キリフォードは首元を覆っていた布を捲って見せる。
『あの時は…本当に助かった。アリ…ババ、お前には感謝しなきゃいけない…』
彼の名前を呼ぶ瞬間だけ声を落とした。だがカシムは片眉を上げ、問う。
カシム「こいつの名前言ったか?」
『お前が…カシムが教えてくれただろ…?』
カシム「ふーん…」
不機嫌さを隠しもしないカシムに、キリフォードは少しばかり不安と苛立ちを覚えた。
アリババ「兄ちゃんどうしたんだ?またお腹でも空いたのか?」
カシム「んな小綺麗な服着てるやつが腹空いてる訳ねー」
見事にキリフォードを警戒しているカシムに、キリフォードも目を眇め、ただでさえ目付きの悪い目元をつり上げた。
カシム「なんだよ…何しにきたんだよ」
アリババを挟んで睨み合う二人。しかし今日はこんな事をしに来たんではない。
そう自分に言い聞かせ、キリフォードは背負っていたカバンを差し出した。
受け取ったアリババは疑問符を浮かべ、尋ねるようにキリフォードを見返す。
『…この前の礼だ』
カバンの口を開いてやると、ここスラムでは中々売られないであろう食物や、しっとりとしたパン、はたまた貴重な調味料など、所狭しと詰め込まれていた。
カシム「…!!……!?」
流石のカシムも、カバン一杯の食糧に口を開けて驚いている。
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