マギ長編2
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?「なぁ兄ちゃん、生きてる?」
『………』
一瞬、かつての親友と面影が重なった。
目の前の少年は、恐る恐る手を翳してきた。
それを見たキリフォードは肩を大きく跳ね上げ、すぐにやって来るだろう痛みに備え固く目を瞑った。
フワフワと、とても懐かしい感触。かつて魔狼牙の長に頭を撫でてもらった時の記憶が甦る。
キリフォードが目を見開く。
少年は頭を撫でながら、まじまじとキリフォードを見た。
少年は満足したのか、立ち上がって去っていった。
キリフォードは首輪に繋がれた鎖を引っ張りながら、自身の頭にソッと触れた。
長とは違い、小さく拙い手だったが、とても優しく、温かかった。
キリフォードは静かに目を閉ざした。
最期に、温かな人の気持ちに触れられて良かった。
意識も朦朧としてきた。
そろそろ、自分も一族の下へと還るのだろうか。そう思うと、自然と何かが満たされる気持ちだった。
?「ぃ…、ぉぃ…おい、兄ちゃん!」
『ぅ……』
先程と同じ声。しかし今度は切羽詰まったように焦った声だ。
?「よかった、兄ちゃん生きてた…」
目を開けると、心底安心したように息を吐く少年。
ふとキリフォードは鼻孔をくすぐる、ある匂いに気付く。
?「なぁこれ、よかったら食べろよ」
『ぇ…』
目の前に差し出された物に、キリフォードは息を呑む。
焼き立てでも、買いたての真新しい訳でもない乾燥したパン。
だが【奴隷】だった頃に出されていた腐りかけや、カビが生えた残飯とは比べ物にならない、人の食べ物だった。
半分だけのそれに、もう半分は…?と疑問を持った。
1個のパンを、わざわざ千切って与えてくれたのだろうか、と視線や嗅覚を使って探すが、もう片方の手にも、ましてや少年の口元から小麦の匂いはしない。
?「おなか、空いてるんだろ?食べろよ、俺の分はまだあるから」
嘘だ…。
少年は気付かれないと思っているのだろう。いや、けして大きな音は出ていない。
しかし聴覚の優れた魔狼牙のキリフォードは、少年の腹が訴える微かな音を聴いた。
自分の食事を躊躇なく与える少年に申し訳ないと思うのに、体は正直で、差し出されたパンを口に入れた。
乾燥していたパンは口内の水分を含み、ふわりと本来の小麦の香りと旨みを醸し出した。
反射的に、涙が零れた。
少年が目を丸くした。恥ずかしくなり、俯きながらまたパンを一口、また一口と噛み締める。
その都度止めどなく雫は頬を伝い、乾いた地面に跡を残していく。
『あ……り…がと』
?「気にすんなって!お袋が言ってたんだ、困ったときはお互い様だってな!」
にかっと笑う少年。
再び、かつての親友と重なりかけたが、親友はどちらかと言えば控え目にクスリと笑っていた。
それと比べると、この少年はまるで太陽のように笑うのだ。
あまり治安が良いとは言えないこの地で、この少年はなんて温かいのだろう。
一食の食事はとても重要な事だろうに、それを見ず知らずの人に躊躇いもなく与えたのだ。
前触れも無く、ズクっ…と右目が痛んだ。
「おーーい!アリババーー!」
アリババ「カシム…!」
遠くの方から、同じ年頃の少年が駆けてきた。
カシム「おばさんがビックリしてだぞ?お前がいきなり晩飯持ち去ってったもんだから……」
アリババ「うん、この兄ちゃんにあげようと思ってさ」
アリババ、と呼ばれた少年は、キリフォードを紹介する。
カシム、と呼ばれた少年は、幼いながらも整った顔貌で怪訝そうに目を眇めた。
アリババ「なんか、出会った時からボロボロでさ、すごくやつれてたからさ…」
カシム「見かけねーヤツだな…。しかも鎖とか付けられてるし…」
カシムはキリフォードを探るように全身を見た。
カシム「顔立ちは悪くねぇし…、つか、細っこいし…。お前、男娼…とかか?」
アリババ「え、男娼??」
キリフォードは首を左右に振る。その度にジャラジャラと鎖が耳障りな音を出した。
その音が嫌で嫌で、キリフォードは下唇を噛み締めた。
何を思ったのだろう。アリババはその様子を見て、再び何処かへ駆けていった。
『………』
アリババが立ち去り、そこは人通りも少ない為、キリフォードとカシムだけとなった。
出会ったばかりの為、何も話す事もなく、沈黙が流れ、居たたまれない…。
『ぁ……あいつ…は』
カシム「あ?」
『……いつも、あんな…なのか?』
カシム「…………まぁな」
始め、カシムは誰の事か解らなかったが、それがアリババの事だと解り、頷く。
カシム「……あいつ、アリババはこんな所に居るのが不思議なくらい、変わったヤツだ」
『……そ…か』
アリババ「おーい、待たせて悪いな!」
話し込んでいると、アリババが何かを抱え、小走りで戻ってきた。
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