マギ長編2

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空が雲が、木々が市場が、建物が、この世のあらゆる【景色】が視界の端で一瞬に過ぎていく。


いつも彼が体感している速度を、この身で初めて感じたのはいつだったか。




ふわりと浮遊感が襲い、空が視界いっぱいに広がった。



アリババ「―――……ッ」

屋根を伝い、でこぼこな高さを風の様に駆け抜けていく。

時に息をする事も忘れ、この瞬く間の世界に思考の力を奪われる。







――あんたをこんな風に乗せて走ったのは、まだあんたがスラムに住んでいた頃だったな…


アリババ「……ああ」



――……あの頃から、俺はあんたにこの命を預けようと決めた



アリババ「俺は…そんなすごいヤツじゃねーよ」



――「すごい」とか「強い」とか、そんな物差しであんたを測ったわけじゃない




――…あんたはよく自分を卑下する所がある。自分の実力をよく理解してるとも言える

その癖、敵わないって解ってて、あんたは他人の為なら進んで身をなげうつんだよな……




アリババ「俺は…」




――「従える者」ってのは、確かにカリスマ性やある程度の実力を持ってるものだ、だけどな


キリフォードは街の中で1番高い建物の屋上へアリババを降ろし、自身は人の姿へ戻り、アリババの前に跪き、真紅の眼差しを送る。


アリババ「よ、よせ、やめろよ」

アリババは目を見開き、姿勢を崩すよう促す。
しかしキリフォードはアリババの手を取り、自らの手を彼の掌に乗せた。

かつて二人が交わした【契りの印】だ。




『主よ、“実力”など、後から幾らでも手に入る。
……しかし“実力”があれば人は従うわけではないのです。

“心”を惹かれるから…人は従うのです…』


静かで、直接脳に呼びかれるような彼の声が、アリババの体を小刻みに震わせていく。



『魔狼牙たる俺は、主に道を示す事は出来ない。しかし、主がどんな道を進んでも、俺はその隣を、共に歩んで行きます…!』

一陣の強い風が二人の間を吹き抜けていく。



アリババ「ゃ……めろ…よ」

か細い声がその喉を震わせた。



アリババ「やめてくれよ…っ!何で今更そんな事言うんだよ!!!【主】とか【魔狼牙】だとか!そんなよくわかんねー理屈なんかで「壁」を作らないでくれよ…!」


アリババの双眸から、いくつもの雫がこぼれ落ちた。



アリババ「言ったじゃねーか…、俺は…【主】とか【従者】としてじゃなく…お前と“友達”として一緒に居てぇって……」


なのに…何で…


優しげな手付きがアリババの髪を解かす。




『同じなんだよ、その気持ちと。昨日逢ったアラジン達も、今のあんたを見て、きっとそう思うだろうよ。

あんたがこの国の【王子】だからとか、そんな理屈で「壁」を作って、相談もしなかったら、あいつらも同じ事考えるぞ』


いつの間にか、キリフォードは立ち上がっており、アリババの目元を丁寧に拭い取った。



アリババ「っ」


『はは、建前とは言え、霧の団の頭がする顔じゃねーな、まったく』

口角を上げ、犬歯を覗かせて笑う彼の姿に、先程まで抱いていた憤りが氷のように溶けていった。



『言いたい事は言えば良い。思った事があるなら言えば良い』


アリババ「…そんなに簡単じゃねーよ」

アリババは一昨日の夜の事を思い出していた。

久し振りに逢ったカシムの様子がおかしい事に気付いていた。
アリババは何かとキッカケや話題を土産に、カシムの考えを聞き出そうと幾度も部屋を訪ねていた。

しかし、いつからか、アリババはカシムと会話することに気まずさを覚えていた。




『そうだな…簡単じゃねぇな。…だけど、意外と感情のままに言ってみるってのも、スッキリするもんだぜ。自分も…相手も』



キリフォードはアジトの方向を振り返る。



『…そろそろ戻るか。何か頭に用が出来たみてぇだし』


アリババ「……またか」


『この1ヶ月、ずいぶんと団員が増えたな…』


アリババを背に乗せ、アジトへと駆け戻って行った。

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