マギ長編2
□48
1ページ/1ページ
空が雲が、木々が市場が、建物が、この世のあらゆる【景色】が視界の端で一瞬に過ぎていく。
いつも彼が体感している速度を、この身で初めて感じたのはいつだったか。
ふわりと浮遊感が襲い、空が視界いっぱいに広がった。
アリババ「―――……ッ」
屋根を伝い、でこぼこな高さを風の様に駆け抜けていく。
時に息をする事も忘れ、この瞬く間の世界に思考の力を奪われる。
――あんたをこんな風に乗せて走ったのは、まだあんたがスラムに住んでいた頃だったな…
アリババ「……ああ」
――……あの頃から、俺はあんたにこの命を預けようと決めた
アリババ「俺は…そんなすごいヤツじゃねーよ」
――「すごい」とか「強い」とか、そんな物差しであんたを測ったわけじゃない
――…あんたはよく自分を卑下する所がある。自分の実力をよく理解してるとも言える
その癖、敵わないって解ってて、あんたは他人の為なら進んで身をなげうつんだよな……
アリババ「俺は…」
――「従える者」ってのは、確かにカリスマ性やある程度の実力を持ってるものだ、だけどな
キリフォードは街の中で1番高い建物の屋上へアリババを降ろし、自身は人の姿へ戻り、アリババの前に跪き、真紅の眼差しを送る。
アリババ「よ、よせ、やめろよ」
アリババは目を見開き、姿勢を崩すよう促す。
しかしキリフォードはアリババの手を取り、自らの手を彼の掌に乗せた。
かつて二人が交わした【契りの印】だ。
『主よ、“実力”など、後から幾らでも手に入る。
……しかし“実力”があれば人は従うわけではないのです。
“心”を惹かれるから…人は従うのです…』
静かで、直接脳に呼びかれるような彼の声が、アリババの体を小刻みに震わせていく。
『魔狼牙たる俺は、主に道を示す事は出来ない。しかし、主がどんな道を進んでも、俺はその隣を、共に歩んで行きます…!』
一陣の強い風が二人の間を吹き抜けていく。
アリババ「ゃ……めろ…よ」
か細い声がその喉を震わせた。
アリババ「やめてくれよ…っ!何で今更そんな事言うんだよ!!!【主】とか【魔狼牙】だとか!そんなよくわかんねー理屈なんかで「壁」を作らないでくれよ…!」
アリババの双眸から、いくつもの雫がこぼれ落ちた。
アリババ「言ったじゃねーか…、俺は…【主】とか【従者】としてじゃなく…お前と“友達”として一緒に居てぇって……」
なのに…何で…
優しげな手付きがアリババの髪を解かす。
『同じなんだよ、その気持ちと。昨日逢ったアラジン達も、今のあんたを見て、きっとそう思うだろうよ。
あんたがこの国の【王子】だからとか、そんな理屈で「壁」を作って、相談もしなかったら、あいつらも同じ事考えるぞ』
いつの間にか、キリフォードは立ち上がっており、アリババの目元を丁寧に拭い取った。
アリババ「っ」
『はは、建前とは言え、霧の団の頭がする顔じゃねーな、まったく』
口角を上げ、犬歯を覗かせて笑う彼の姿に、先程まで抱いていた憤りが氷のように溶けていった。
『言いたい事は言えば良い。思った事があるなら言えば良い』
アリババ「…そんなに簡単じゃねーよ」
アリババは一昨日の夜の事を思い出していた。
久し振りに逢ったカシムの様子がおかしい事に気付いていた。
アリババは何かとキッカケや話題を土産に、カシムの考えを聞き出そうと幾度も部屋を訪ねていた。
しかし、いつからか、アリババはカシムと会話することに気まずさを覚えていた。
『そうだな…簡単じゃねぇな。…だけど、意外と感情のままに言ってみるってのも、スッキリするもんだぜ。自分も…相手も』
キリフォードはアジトの方向を振り返る。
『…そろそろ戻るか。何か頭に用が出来たみてぇだし』
アリババ「……またか」
『この1ヶ月、ずいぶんと団員が増えたな…』
アリババを背に乗せ、アジトへと駆け戻って行った。
_