マギ長編2
□41
1ページ/1ページ
燃え盛る、かつて誇り高き魔狼の民が住んでいた村。
その中心部の広場に、いくつものマトリョーシカが転がっていた。
*****
-村外れの広原-
『はぁ……はぁ…』
歩くたび、ズキズキと負った傷から血液が溢れ出す。
『ぅ…っ』
一際大きく傷口が疼き、キリフォードはその場に膝から崩れた。
シュウ「ッ…」
『! シュウ、悪い!』
背負っていたシューティアも共に地面に転がってしまい、慌てて抱き起こす。
体を揺すると、シューティアは薄く目を開いた。
シュウ「……キリ」
『ごめんな…ごめん…俺の所為だっ…。お前は、俺と間違われて…あいつらに……』
あれほど流したと言うのに、また涙が双眼から零れる。
シュウ「……もう少し眠っててくれれば……。なんで…来ちゃったのさ」
『シュ…ゥ…』
呆れたような視線に、冷ややかな言葉に、胸が締め付けられた。
温かな手が、頬に触れた。
シュウ「本当に…どうして…来ちゃったのさ。あんな光景…見せたくなかった…のに」
優しい手つきで、雫が拭われる。
シュウ「……僕の方こそ…殴ったりして…ごめん…ね…っ」
『シュウッ…!』
強く、一回り小さい彼の体を抱き締める。
みっともなく、大声でキリフォードは泣いた。
まだ涙が止まらないキリフォードに構わず、シューティアは話し出す。
シュウ「さっき、見た通り…あの人達は、君を…狙ってた」
『うん…だけど、あいつらは間違えてシュウを――』
シュウ「僕が…進んで君の身代りになった…」
『え…、なんで…』
シュウ「聞いて…キリ。もう…あまり時間がない…だ…」
『シュ――』
シュウ「君は言ったよね…?誰かを護れる“力”は必要だ。だけどそれは暴力だけじゃない、別の方法も有るって…。
僕にしか選択できない…誰も傷付けずに済む、納得出来る方法が…って」
『……』
キリフォードは黙って首を振る。
シュウ「それが…これだよ、キリ。力が弱い僕でも、大切な友達を護ることが出来る方法……。
父様に…この前訊かれたんだ…」
『…?』
シュウ「“キリが憎いか”って」
『ぁ……』
シュウ「…そんな顔…しないで? 僕はこう答えた」
シュウ「わか…りません…。でも、憎くないと言うと嘘に…なります。彼は強くて、カッコよくて…そして優しい。…僕は、そんな彼が」
シュウ「――大好きだよキリ、そして君を護りたい…そう思った」
『ぅ…っ…くっ…』
シュウ「昨日の僕の声……聞こえた…?」
キリフォードは頷く。
幾度も殴られ、意識が薄れる中、彼が溢した想い。
シュウ「……本当に君は……優しいね。そんな君だから僕は…
君をあいつらになんか渡さない。君を護りたいと思ったんだ…」
シュウ「ねぇ…キリ、僕は君に逢えて…本当に…嬉しかった…。父様や母様以外に…僕の事を認めてくれる……君と逢えて…」
『ぁ…ぁぁ…ッ…』
シュウ「僕の髪…綺麗って言ってくれた…嬉し…かった。弱い僕と…いつも一緒に…居てくれて……ありがとう…」
『ぁ…ぁ…ぅッ…』
シュウ「殴って…ごめん。1ヶ月の間…無視して……ごめっ…。
最期まで……僕を…独りで逝かせないでくれ…て…」
ありがとう―――…
『ぁぁ…うぁぁァァ――ッ…!!!!』
冷たくなった親友を抱き締め、声の出る限りに泣き叫ぶ。
ピクリとも動いてくれない彼の亡骸を、グチャグチャにかき混ざった感情のままに抱き抱える。
―――ごめん、君の悩みに気付かない兄で…
―――ごめん、君の心の泣き声を聞き取れない親友で…
―――ごめん、君を無意識に傷つけていたばかりの従者で…
彼に粗末な形だけの墓を作り、無意識にあの洞窟へとやって来た。
するとそこには、あの本が置いてあった。
恐る恐る、ページを開き言葉を失った。
ロードが従者を殺害して半年が過ぎた頃、狼男達は人間達によってその命が奪われていった。
しかし、ロードだけは助かった。
狼男は黒髪と知られていた。
もともと彼の髪も「黒」だったが今の彼の髪は「赤」
皮肉にも親友を殺害して代償として受けたそれが、彼を厄から遠ざけたのだった。
そう、ロードは「呪い」と言ったそれは、こうなる事を予見していた、死して尚の従者キリの護身だったのだ。
_