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□真の楽園へ
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「――ではこいつを3000万で買おう」
剣城「…ありがとうございます」
俺は模範生のように、礼儀正しく頭を垂れた。
そして「それ」を檻から出すと、首に犬に着けるよりも重々しい枷をはめる。
それから伸びた鎖を、買い主に手渡す。
「――では行くぞ」
「………」
剣城「……お買い上げ、ありがとうございました」
買い主に鎖を引かれ、「それ」は最後に虚ろな瞳で俺の方を見詰めていた。
俺は視線を反らし、張り詰めていた息を吐き出した。
何年、何回やっても馴れる事のない行い。
この国の名前は『ゴッドエデン』
【神の楽園】の意味を持った、花や草木に恵まれた美しい国。
…しかしそれは数年前までの話だ。
今となってはそんな美しい姿は何処にも残っちゃいない…。
青々と爽快だった空は薄気味悪い厚い雲が覆い、街では羽振りが良さそうな貴族や豪商の人々が闊歩(カッポ)し、色彩豊かだった花は見る影もない。
そして何より、先程のあれ――「奴隷」が当たり前の世になってしまった。
俺は、遠く離れた土地で治療に励む兄さんの為に、こんな奴隷商人紛いな仕事をしている。
いや、本来はこの国を納めていた王を守護する騎士の一人だった。
しかし、その王は国を追われ、王子も共に国を去った。
残された騎士や兵士達は新たな支配者の指示により、国益を稼ぐ為、奴隷商人紛いな事をしている。
剣城(……いつまでこんな下らない事を続けなきゃいけないんだ)
白竜「……剣城」
暗く重々しいものを胸に抱えながら城の廊下を歩いていると、同期である白竜が声を掛けてきた。
白竜は俺同様…いや、俺以上の苦悶の表情を浮かべていた。
白竜「俺は…もう駄目かもしれない」
蚊が鳴くような声だった。
白竜は俺の肩を掴み、苦患に顔を歪めていた。
白竜「シュウが…」
『シュウ』というのは、白竜が任されていた奴隷の名前だ。
俺達は基本それぞれ割り当てられた塔や牢があり、そこに居る数十名の奴隷の監視を行っている。
しかし、例外的に何らかの事情によって隔離された奴隷には担当の者が付き、商品になるよう細やかな世話を行う。
しかし所詮は「奴隷」の為、常人のような賄いや施しがある訳ではなく、ただ他と隔離され、一人檻に入れられるだけだ。
だが、白竜が担当していた『シュウ』は違った。
白竜はいつの間にか彼に魅せられ、友人となり、恋仲となった。
白竜は『シュウ』を贔屓していた。自分の食事の半分を与え、就寝時には毛布を与えていた。
白竜「シュウが…、3日後に買われてしまう…っ」
俺の肩を掴んでいた手に力が籠る。
シュウは元々、神の遣いとされる所の産まれだったらしい。
その事で、彼は独房に入れられた。
白竜「名だたる家のじいさんが、シュウを気に入ってしまった…。あの人は…良い噂を聞かない…」
白竜の体が小刻みに震え出した。
白竜「シュウは…大丈夫だと言っていたが…、奴隷の暮らしは…あいつに耐えられるものじゃない…っ」
白竜は絞り出すような声で言う。
白竜「……俺では、あいつを救えないのか…!?」
剣城「なら、逃げればいいだろ」
白竜「!?」
別に珍しい話ではなかった。
元国王軍の騎士や兵士の多くは今の支配者に従う事を拒み、亡命したヤツが多々居た。
しかし成功者は数える程しか居ない事から、最近逃げ出す者は滅多に居くなった。
白竜「……だが、俺だけではなく、シュウも一緒なんだ…。そう簡単には逃げられない…」
剣城「……明日の明け方3時だ」
白竜「…?」
剣城「明日のその時間、俺は見廻りに当たってる。……逃げたいなら、俺は西の塔の見廻りを後回しにしてやる」
白竜「ッッ、剣城…!!?」
剣城「だが、逃げた後、俺は一切責任は取らない」
白竜「…十分だ、ありがとう」
白竜は強い瞳に俺を映し出し、頭を深く下げた。
白竜が去り、俺は俺の担当する独房に向かった。
天馬「やぁ剣城。今日はずいぶん遅かったんだな?」
剣城「…天馬」
俺は檻に入ると、自分より一回り小さな天馬の身体を抱き締めた。
天馬「……剣城?」
天馬は心配そうに尋ねた。
俺は答えるように腕に力を籠めた。
――白竜、俺もお前と同じだ。俺にも、こんな場所から逃がしてやりたい大切な人が居る……。
剣城「…天馬」
天馬「何、剣城」
剣城「……天馬。いつか絶対、助けてやるからな」
天馬は目を見開き、でもすぐに笑顔になって言った。
『待ってる』……と。
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