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□Prologue1(双葉)
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俺には、昔から悪い癖がある。



「キミ、しゅうじくんっていうの?」

小学生の頃、初めて出来た友人。
けして明るい方でも、活発でもない。むしろ暗い性格だった俺に、人懐っこい笑みを向けてくれた子。


「ボクたちといっしょにあそぼうよ!」

その子に誘われ、俺は他の子の輪に入って行けた。
要するに、その子はクラスの人気者で、学年が上がってもそれは変わらなかった。

……むしろ、その人気は中学になって更に強くなった。


その子の周りには、たくさんの人が溢れている。一緒に歩いていても、行く場所、立ち寄る教室すべて、誰からも声を掛けられていた。


薄々感じていた事だったけど、俺は「独占欲」に似た何かが強いらしく、彼の周りに集う人々に内心苛立ち、焦っていた。

彼とは小学校から一緒にいる。
でも、人は常に変わっていき、成長していくもの。
好き嫌いも変わるし、趣味やマイブームは時が経てば全く別のモノに移り変わる事だってある。

そう感じた時、俺は「彼の事を“誰よりも”知り、理解したい」って思った。



「わ!すごいな秀二!この漫画、オレ読みたかったんだよ!よくわかったな!」

最初は、彼が気になっている漫画を、



「うお、すげっ!当たってる!よくわかったな、オレの家族構成とペットの名前なんてさ!」

次に家族は何人、兄弟姉妹は居るか、ペットの名前は何か……と、この時点でやめとくべきだったんだと、今でも後悔している。



「あ、……っと。双葉、よく知ってんのな…?まだオレ、誰にも話してねーと思うんだけど、……彼女できたって」


もう俺は、表示された危険信号さえも気付かず、その先に進んでいってしまった。


「あ、はは……。よく知ってるな。家族にも喋った事ねーはず、なんだけど……」


気付き始めた頃には、もう目前に迫っていた。
今更止めた所でもう、間に合わない。


「なぁ、なんでそんな事まで知ってるんだ……?お前、おかしいだろ……。オレだって、今知ったんだぞ……!?」

急いで踏み留まった足は、すでに崖からはみ出てしまっていて、崖っぷちでさえなかった。


「悪い…オレ……お前が、怖いよ……っ」


足元が崩れ落ち、俺はどん底へと落ちていった。


更に俺の噂はたちまち学校中に広まってしまい、俺がどん底から必死に伸ばした手を掴んでくれる者は居なかった。
教師でさえ、俺に弱味を握られまいと、遠巻きに見ているだけ。

救いだったのは、イジメに合わなかった事と中学3年の冬の出来事だった事。

まぁイジメようにも、俺はイジメ甲斐の無い無表情だし、何より可能性がありそうな人物は必ず“後ろめたい”ものを持ってるみたいだしね。



約4ヶ月、他者と必要最低限の会話しかしなかった事と友人が居なかった事以外、俺は平和に卒業を迎えた。


その後、俺は同中生が居ない高校に進んだ。

自分の住む地域から4つは離れた町に建つ学校。

ここでは自分の癖を圧し殺し、他人と何ら変わらない学生生活を送ると決めた。




『……えっと、双葉、クンで良いんだよな?俺は前の席の鳴海恭介。こいつは幼馴染みの大澤優一郎。これからよろしく頼むな』

高校に入って間もなく、新たな友人が出来た。
鳴海恭介と大澤優一郎。
大澤はとても優しそうな雰囲気で、実際クラスの皆から頼られている。
……一方で鳴海は、正直よく解らない。
容姿は悪くない、と思う。飴色の髪は日の光を反射して、眩しいくらい綺麗だと感じる。
内面も悪くない。人懐っこい訳ではないけれど、取っ付きにくい印象もない。

でも、1番気になるのは……




「おーいナルー。一緒に帰ろーぜー」

「入学式疲れたよ〜」


『おー解った。あ、双葉クンはどこに住んでるんだ?方向が同じだったら途中まで一緒に帰らないか?』


「……ん、良いよ」






―――彼、鳴海恭介と言う男に、どうしようもないくらいに惹き付けられる事。


表情には何も写し出してはいないけれど、内心、俺は動揺していた。
悪い癖が……また出てしまう。


「鳴海恭介」の事を……知りたい。










「でさー、そん時マッキーがー」

「うわぁぁ!!トオルくん!それ誰にも言わない約束でしょ〜!」

「え、マッキー何したの?」

『優一郎、嫌がってるのを無理に訊いてやるなよ……』


入学してから数週間が過ぎた。
俺はその間、ずっと「彼」についての情報を仕入れていた。
その都度、自然に周囲の人間の情報も頭に入る。

「大澤優一郎」「立花 徹」「志波雅樹」それぞれの情報も漏れ無く俺は知っている。

なので、志波がやった失敗も知っている。
今にでも口を開いて、話したい。

でも、もうあんな目には合いたくない……。

もう、独りになりたくない……。




「あれ、ナルってポテト嫌いじゃなかったっけか?」

『は……?』

立花の問いかけに、鳴海はポカーンと口を半開きにしている。


「そう言えば、いっつもポテト系はゆっくり食べてるよね。ポテトサラダとかフライドポテトとか……」


『え、いや。それは嫌いと言うか……』

「むしろ好物だよ。鳴海はフライドポテトが1番好きなんだ」


「は?」

「えっ!?」

「双葉……?」

あ……、ヤバイ――――、


「入学当初の身体測定の結果から、現在身長175cm、体重62kg。趣味は写真で特技として“人脈づくり”を上げてるけど、これは志波が言い出した事」


『……ふ、双葉?』


「父親と二人家族で、家事全般は鳴海が担当していて、知人の内では作る料理が美味と評判。またお菓子もそこそこ作れる為、志波が要望する事も……」

「おい!双葉ッッ!!」


「――――っ」

立花の声に、俺は大きく肩が跳ねた。
同時に開きっぱなしだった口も塞ぐ事が出来たけど、静まり返った空間が、もう取り返しのつかない状況である事を窺わせた。


サァァァっと体が冷えていく感覚を覚える。
本当に氷水に足を浸けたような感覚で、期せずして知ってしまったそれに、馬鹿みたいに苦笑が浮かんでくる。



「おいっ!こっち見ろって!」

いつの間にか俯いてしまっていたらしく、立花に無理やり顔を上げさせられる。

4人の好奇の目が俺を捉えている。
……好奇の……目……?



「双葉……お前すっげーな!!どうやってそこまで調べられるんだよ!!」

「すごいよ、双葉くん!あ、秀くんって呼んでいい!?秀くんすごーい!」

「ビックリしたー。双葉って情報収集が得意なんだね!」


「ぇ……」



『マジで脱帽モンだな……。特技のアレに関しちゃ、ここの3人しか知らねーのに。双葉すげーな』


なん……だ、ろ。
何で皆、こんな何ともないみたいな風に言えるんだろう。



「ね、ねぇねぇ秀くん!じゃ次僕の事当ててみてよ!」

「あ、んじゃその次オレな!」

「え、……っと…」


……もしかして、ただ面白がってるだけ、なのかな。


「うーん、面白がってるって言うか……」

『この2人は純粋にすげぇって思ってるよ。面白がるとか、そこまで頭が回る奴らじゃねーから』


「ちょっとナル〜?」

「……まぁ、オレらバカだけどな」



……こんなの、知らない。
普通、個人情報を必要以上に知られるなんて、気味が悪いはずなのに……



『まぁ、確かにそうだけど、俺は双葉の情報網、すごいと思う。何だかんだ言って、この世界は情報で作られているんだしさ』

鳴海の言う通り、現代社会はほぼ情報がすべて、と言っても過言ではない。……と思う。
けど、それとこれとは……




『……じゃ、率直に言った方がいいか。……俺は、双葉のその情報網が欲しい』

「っ」


「なにそのセリフっっっ!?」

「ブフォ、どこの悪役だコノヤローっっっ!」

「笑っちゃ駄目だろ2人共。恭介は至って真面目に……」


『お前のその無自覚に傷口を抉るスタイル、感心しねーわ……』


見るみる赤面していく鳴海を中心に、笑いが起こる。
俺は、さっき言われた台詞を反芻させる。

“俺は、双葉のその情報網が欲しい”


俺は……ここに居ていいのだろうか…?


「あ、の…鳴m」

『ナル』


「……?」


『コイツらとか、親しい友人は皆、俺のこと“ナル”って呼ぶんだよ』


「あと僕はマッキーって呼んでね!」


「な、ナル…、」


『改めて、これからよろしくな、双葉』

満足そうに笑う鳴海…ナルに、俺は胸が苦しくなった。
目頭が熱くなり、鼻の奥もツンと痛くなった。



「……ん、もし、俺から離れるなら、その時はトラウマ、見せてあげる」


『はは、了解!そうならないよう、努力するぜ』










高校1年の5月。
こうして俺は、“親友”を4人得た。


end
 

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