give&take

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Unconscious Love
 ‐無自覚の恋‐














「ただいま帰りましたー!」

本日は土曜。
部活は午前中で終わり、陽(ヒナタ)は寄り道もせず真っ直ぐ帰宅した。


慌ただしく帰って来たが、靴はキチンと揃えて脱ぎ、パタパタと「あの人」が居るであろうリビングへ向かう。




「不動さん、ただいま帰りました」

陽は扉を開け、ピョコと顔をリビングに覗かせる。




「……あれ?」

彼のお気に入りである、ふかふかのソファには、いつも「おかえり」と言って迎えてくれる彼の姿は無かった。


他にもキッチンや彼の自室など、考えられる場所全てを探すが、【彼】こと不動明王の姿が無かった。


陽はもう一度リビングに戻って来た。
すると、ソファの前に設置されているガラス張りのテーブルの上にメモが置かれている事に気付く。


メモを拾い、陽はその内容に目を通した。




“急遽用事が入っちまって、出掛ける事になった。
夜までには帰れると思うが、悪い、昼飯作っとく時間が無かった。
少ねーかも知れねーが、金を置いておく。それで外食でも食べに行ってくれていい。
戸締まりに気を付けろよ”




急いでいた為か、普段より少し乱れた文字。しかしその書体は間違いなく不動のものだ。
メモと同じ場所に、封筒も置かれていた。

メモを一度置き、陽は封筒の中身を取り出す。



「……諭吉さんは“少し”とは言わないです」

封筒から出てきたのは本国で最も価値の高いお札だった。

そのお札に印刷された人物は、ドヤ顔にも見える涼しい表情で陽の手の平に鎮座している。



「不動さん…私の食欲、どれだけあると思ってるんですか…」

一応、女らしい所は性別くらいだと自覚している陽だが、女子として食い意地を張っていると思われている事に、少なからず陽は肩を落とした。


しかし、当人達は無自覚のようだが、不動がこの金額を残した事を誰かに話せば、決まって言うだろう。


親バカだ……!と




陽は1万円の使い道を考えながら、冷蔵庫を開けてみる。

中は調味料や飲み物などが入っているだけで、あとはスッキリと使い切られていた。

一切無駄なものを残さない所が、彼の器用さと几帳面さを感じさせる。


陽はおもむろに昨日不動が買っておいてくれたゼリーを取り出す。勿論彼女の好きなミカンの果肉入りのものだ。

食器を入れている引き出しから小振りのスプーンを取り出し、ゼリーを掬い口に運ぶ。


途端、表情を綻ばせる陽。
モキュモキュと不思議な様でゼリーを咀嚼し終えた陽は後片付けをする。





さて、問題の1万円の使い道だが、陽は何か思い付いたように自分のケータイを操作した。

電話帳を開き、発信先を選択する。




―――――---……‥





【木枯らし荘】



「――はい、木枯らし荘…、あら陽ちゃん。どうしたの…え、双羅君?えぇ、わかったわ、ちょっと待ってね」


昼食時の木枯らし荘に届いた一本の電話。
受話器を取った秋は電話口から耳を外し、【双羅一茶】と書かれた部屋をノックする。

間を開けず、部屋の主が返事をした。



「双羅君、電話よ。陽ちゃんから」


ガチャ…

「陽さんから…ですか?」


秋からそう伝えられると、一茶は通話モードを保たれていた受話器に出た。



「――はい、もしもし…」

そして受話器の向こうに居る陽は、一茶に事を伝えた。





――――---……‥

――-…‥





「お邪魔します…」


「あ、一茶、いらっしゃい!」


一茶が不動宅を訪れると、普段着に着替えた陽に迎えられた。


「ここで話すのもなんだから、上がって、上がって!」

陽は来客用のスリッパを出し、一茶をリビングに案内する。


「っ、ちょっと!陽さんッ…!」


その際、彼女は無意識に一茶の手を握っていた。
一茶はしっかり握られた自分達の手から目を離す事が出来ず、結果的に部屋に着くまでそれを凝視していた。





「……でね、唐突で悪いんだけど…」

「手…」


「…? 一茶どうしたの?」


「ぁ、ぁぁの…っ、手が……っ」


陽は自室まで一茶を連れてくると、事情を話すため口を開いた。
一方、一茶は話を聞くどころではなく、顔から湯気が上がるんじゃないかと思うほど赤面していた。


陽は一茶の異変に気付くものの、彼の呟いた声が聞き取れず耳を寄せるように顔を近付けた。

それに対し、更に歯切れが悪くなるが、一茶はやっとの思いで陽に「手を放してほしい」と言う意思を伝えた。



「ご、ごめん一茶!一茶はこう言ったスキンシップが得意じゃなかったよね…」


「い えっあの、そう言う訳じゃ…」

一茶の意思を汲み、陽は繋がったままだった手を放した。
少し誤解をしている陽は一茶が何かを言う前にある程度の距離を取り、再度「ごめんね」と言った。





「話を戻すけど、一茶は確か料理出来たよね?」


「はい、人並みにですけど」


「よかった!…あのね、一茶に頼みたい事があるんだ」

普段部活で見る天真爛漫な彼女とは違い、どこか恥じらいを持った、女性らしい雰囲気を出す陽に一茶は息を呑んだ。

以前までの彼女に、このような感じは無かった。
と言うのも、陽はかつて雷門に通っていた南沢と現在交際している。

けれど別段恋人らしい事をした訳ではないのは、陽本人の態度から窺える。
つまりは、恋はこんなにも人を変えるのだ。



一茶は陽の化身であるマリアを窺った。
マリアはその名前通り聖母の優しげな笑みを浮かべており、一茶にも聞こえないような声でオトヒメと話している。

あのオトヒメさえもクスクスと笑っては楽しげに陽の様子を窺っていた。


心の準備が整い一息吐くと、陽の唇が小さく開かれた。
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