Due-V-
□モノクロとカラァ
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買い物帰りに、花屋を見つけた。大概、花屋というものは日当たりの良さそうな、そして人通りの多いような場所に店を構えていて、四季折々の草花を所狭しと、されど行儀良く並べ立てているものだ。
しかし見つけた、と形容するとおりに、その花屋は裏路地にひそりとあった。
薄暗い、日中でも仄かに何処かどんよりとした場所に、今にも壊れそうな襤褸い屋根。
その軒の下に、ブリキのバケツと、そこに張った水の中に突っ込まれている雑草。自棄に太い茎を持っていて、そして原色のようなどぎつい赤い花をつけていた。重みで茎が曲がっている。
他にも似たような花ばかり置いていて、この殺風景な場所からは完全に浮かび上がっていた。まるでそこだけ子供が落書きでもしてペンキをぶちまけたみたいだ。
売り子は小さな子供だった。痩せてぼろぼろの服を被っただけのみすぼらしい少女。大きな目がギョロリとでも言い表したくなるような動きで見上げる。その手の上に、何枚かコインを乗せた。
二三本の花を買って、紙袋に一緒に入れる。
じっと見つめる視線を背中に浴びて、だが振り向くことはせずにアジトに戻った。
***
それから数日ほどして、同じ花が花瓶を飾ってあるのに気が付いた。自分で買ったものは、数日で枯れてしまった。慣れないものを、するものではないという教訓のようだった。だが、買ってこられたばかりなのか、瑞々しい蒼い葉は揺れて、茎は綺麗に斜めに切ってある。
しばらく存在すら忘れられて倉庫にしまってあった花瓶は、任務を遂行できて誇らしげにさえ見えた。
しかし飾ってある部屋が部屋だ。買ってきた主は、本当に外に足を踏み出したのかと疑いたくなるほどに机の前でキーボードを叩き、あるいはペンを走らせている。
「なあ、リゾット。」
返答は無く、無言でちらと一瞥があった。
「そいつ、自分で買ったのか?」
「いい気分転換だ。」
「外の空気をのんびり吸ってるほうがいいと、俺ァ思うがな。」
「そんな時間は無い。」
薄暗い室内は、あの裏路地に似ている。極彩色の花は、矢張りそこだけ切り取ったかのように鮮やかに咲いていた。
***
それからまた数日して訪れると、店は無かった。バケツは転がって、花弁が四散している。
ぐしゃぐしゃと潰されたそれは、絵の具のように広がって薄汚れたコンクリートに奇妙なアートを描いていた。
そしてその真ん中に、少女の亡骸がひとつあった。
心臓に、銃創がひとつ。
血溜まりに、転がっていた。
ぎょろりとした眼を見開いて。青い青い、コンクリートの壁に四角く切り取られた空を見上げていた。
そのまぶたを閉じてやる。
理不尽な世の中だよな、と独り言を呟いて、ベレッタを出した。黒い銃口を、足元に転がるもうひとりに向ける。
そいつが手に握っていたのは、少女が売っていた花の、売上代金だった。
こんな寂れたアンダーグラウンドだ。日常茶飯事の出来事だ。
「でもな、その銃を使っちまったのは失敗なんだよ。」
それは、うちの組織に流れてくるはずだった物品で、この男はそれも盗んだのだ。二重の盗み。
懺悔は精々、あの世で好きなだけやっていればいい。
***
アジトに戻ると、綺麗に花瓶は片付けられていた。矢張り部屋の主もそれほど花の手入れは手がけていないようだ。
それよりもずっと、磨かれているナイフが美しい。そして似合う。
近寄ると、硝煙の臭いがするとリゾットは眉一つ動かさないで言った。笑ってその通りだと答えてやる。一発だけ弾丸の減ったベレッタをテーブルに置く。
まだ銃身は熱を持っていた。
「この部屋とあの花を、気に入ってたんだ。」
お前の色のない、黒と白な服も。無機質な存在感も。あの花との対比は、まるで鮮やかなそのピジョンブラッドの瞳との対比にそっくりだ。
がってんいかないと、やや眉をひそめ、リゾットはどうでもよさそうにコートを羽織った。
「気に入ってなかったのか、あの花。」
「それなら部屋に置かない。あと、俺にも理由は、ある。」
どこからか、残っていた、瑞々しい花を俺の耳の横に翳す。髪の間に、綺麗に斜めに切られた茎が簪のように刺さった。
「お前に、似合う。」
馬鹿野郎、それじゃ派手すぎるだろと笑って、いとしいいとしい唇に背伸びして、触れた。