Due-V-

□釣りは要らねえ、とっときな
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久々の休暇になり、泥のように眠っていたところをベッドから蹴り落とされるようにして起こされたリゾットは、当然機嫌がいいはずもなかった。重い瞼をこじ開けると、ブラインドを上げて差し込んだ陽光に照らされた金髪が眩しく目を焼く。
白い歯を惜しげもなく晒してニカリと微笑み、おはようなどと口にされ、眉間のシワが深くなった。


「暢気に寝てるなんてツレねエな、リーダーさんよ。」


「休日なんだからいいだろう・・・。それより何の用だプロシュート?」


クローゼットから数少ない私服を引っ張りだし、ああでもないこうでもないと勝手に吟味しつつ、振り返らずにプロシュートは言う。


「近くにいい店が出来たんでな。一緒にいこうぜ。」


拒否権は無さそうだったので、溜息をついてから起き上がる。少し跳ねた髪を手ぐしで整え、顔を洗うために部屋を出た。


***


少し遅めの朝食を腹に詰め込んで、いい店とやらに向かう。まだ残る眠気はしぶとく、欠伸を噛み殺した。
緩やかに流れるアコーディオンに耳を澄ませ、今日は祭でもあっただろうかと脳内にカレンダーを思い浮かべるが、不規則な仕事上、また自分があまりそういったことに無頓着なので分かりようもない。

結局諦めて、プロシュートの後に続いた。

祭があるかと言えば、それほど賑わっているわけでもない。けれどけして閑散としているわけでもない。
人ごみの合間を縫うようにして歩き、その長身としては不釣合いなまでにぶつからないように滑らかに脚を進め、たどり着いた店はトマトとバジルの香りが漂っていた。
からんからんとベルが鳴り、店員が声をかけて席を勧める。

まばらな店内は騒がしくもなく、静かすぎるほどでもない。
メニューを眺めるが、どれにも値段は記入しておらず不安になった。
そんなリゾットはそっちのけで、プロシュートがすらすらと店員に注文を済ませ、メニューは二人の手から無くなった。
グラスに注がれてあったペリエを喉に流し込んで、不安を消そうと試みる。
ほんのりと柑橘系の甘酸っぱい薫りがした。

運ばれてきたのは、マルガリータ。薄い生地の上にたっぷりと乗せられたモッツァレラの白と、トマトの赤、それにバジルの葉の緑は国旗を表しているらしいが、そんなことはどうでもいい。がぶりと口に入れ、その味を楽しんだ。なるほど、確かにと納得して二切れ目を手にした。
齧り付く前に、じっと視線が注がれていることに気がつく。


「・・・・なんだ?」


「もっと美味そうに喰えよ仏頂面。デザートは別の店だが、いいか?」


何がなんのことなのか掴めず、目を瞬かせる。
そうしているうちに指がソースやオリーブオイルでべとりと濡れた。


「この店じゃ駄目なのか?」


「駄目じゃあ無ェ。ただ、この店じゃ食べれねえモンを食わせたいんだよ。いいか?いいよな?よし決定だ。」


「お前に拒否権や交渉という言葉は無いみたいだな。」


最後のひと切れを飲み込み、口元についたソースを指の腹で拭う。

グラスに残ったペリエは、どこか嗅いだ事のある薫りのような気がした。


***


支払いはプロシュートがさっさと済ませ、次の店に向かう。昼になったせいか先程の店は客が次々に入っていた。
それを横目で見遣り、長い脚をコンパスのようにして歩く細い背中を追う。

途中で花を購入し、小さな花束にして彼はスタスタと淀みない足取りで目的地を目指しているようだった。

まだ舌の上に残る柑橘の味は、どこで口にしただろうかと思いながらリゾットは普段歩くことのない街中を進む。

長らく仕事以外で外に出歩いておらず、そのときは決まって夜だったので、昼間の街が新鮮に思えた。
目の前を行く背中が立ち止まって、リゾットも脚を止める。
この店に入るのだろうが、ややリゾットは躊躇った。

それというのもショーケースに並ぶのは可愛らしい菓子ばかりで、凡そ自分たちの入るような雰囲気の店でも無かったためだ。
しかし迷わず店内に入り、尚且つ注文も済ませたプロシュートは立ち止まることは許さなかった。
テーブルの上に運ばれてきたエスプレッソと、見覚えのある揚げ菓子に目を丸くさせる。

幼い頃、故郷でよく見て、食べたものだ。揚げた生地の中にはたっぷりとリコッタチーズが入り、チェリービーンズやチョコがかけられている。懐かしさと苦い思い出につい口元が引き結ばれた。


「カンノーリか。」


「嫌いだったら別のモン頼むぜ?」


「いや、」


緩く首を振る。手にとって齧った。


「嫌いじゃあない。」


「だろうな、故郷じゃよく食べてたんだろ?」


頷くこともせず、咀嚼し終えて飲み込む。あまったるい味は、エスプレッソで流し込んだ。不味いとは思わない。けれど、家で囁かに食べた時の方が遥かに美味しかったのは、記憶というものが美化されるためか。


「で、今日のこの流れは何が理由だ?」


「・・・・・・おい、知らずにノコノコついてきたってのか?あ?」


ぎろりと睨まれる。白皙の美貌であるゆえか、迫力があった。


「知るわけないだろう、教えられてもいない。」


「誕生日だから祝ってンだろうが。」


突拍子な行動に苦々しく言うとそう返され、ようやく納得がいった。
てっきり買い物に付き合わされるための駄賃か何かかと誤解していたリゾットに、プロシュートはカップを傾けて飲み干してから言う。


「テメェの誕生日忘れるたァ、阿呆過ぎて救いようが無ェなリゾット。」


「別に支障は無いからな。」


「あるだろうが。前後半年でプレゼントいつ渡せって?いつ死ぬかも分かったもんじゃねーってのに。」


職業柄、先のことなど分からない。道端で転がっているのか、海の水底に沈むのか。五体満足でいられることが奇跡のようなものだった。


「だからこそ、一緒に生きているこの時を祝ってやりてぇ。じゃなかったら、他の奴らがアジトを飾りつけてる間の時間稼ぎにこうやって自腹切っちゃいねえよ。」


「そんなことやってるのか・・・。」


「ああ。提案したのはペッシだぜ?なかなかあいつ、面白いこと言ってくれたんでな。張り切って寝込みのお前をたたき起こしたって訳だ。ご感想は?」


尋ねられて、新しく注がれた黒い液体に注いでいた視線を上げる。目の色を隠すためにつけていたサングラスをずらし、相手の鮮やかな碧の眼を見つめて僅かにだが口端を揚げた。


「悪くない。いや、――――最高だ。」


「それでいい。」


満足そうに頷き、店員を呼んで会計をする。

それから棲家に戻り、扉の前で件の花束を差し出した。


「三十路手前、だな。」


「お返しするべきか?」


そう訊くと、鼻を鳴らして彼は言った。


釣りは要らねえ、とっときな



(お返しは来年の俺の誕生日に、ベッドの上で貰うからよ。)


(・・・やはり何か買おう。)


end!




アトガキという名のお詫び


このサイトも5万ヒット!それでリクエストされた男前兄貴をイメージしてたのに何時の間にかこうなってしまいました。申し訳ない。これからもお付き合い願えればと思います!!リクエストありがとうございました。

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