Due-V-
□プライヴェイト・ビィチで捕まえて
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ばしゃりと水音が上がる。
真っ暗な夜の海の、コールタールのような水面が飛沫を上げて、人影を飲み込んだ。
ゆっくりと水面を浮き沈みして、シルエットは流されていく。
それを無表情に見下ろして、リゾットは小さく息を吐いた。
きつく縛っていたタイを緩めて、ホルマジオがソファに腰掛ける。
上質な革張りのダークブラウンのそれは、見かけも勿論、座り心地も一級品だった。
名の知れた富豪が訪れる海辺は、広告の通りに夜景が美しい。
そこに流れていく死骸は、暗闇に紛れて流木と大差なく見えた。
開けっ放しにしていたバルコニーの硝子窓を閉め、部屋の中に戻ってリゾットもホルマジオと同じようにソファに腰を下ろす。
テーブルに置かれたままのワインボトルと、グラスに手を伸ばした。
コルクを抜いて、中身を注ぐ。
ゆらゆらと照明を受けて紅色が踊る。
「御疲れさん、リゾット。」
「お前も、な。リトルフィートの御陰で、大分潜り込みやすかった。」
「オメーのメタリカで姿を消しちまえば、大抵の場所はもぐり込めるだろうがよ。」
姿を小さくするスタンドは、蟻一疋も逃がさない警備だとしてもその隙をつける。夜中に、ネズミが排水溝にいても、誰も気にしない。それと同じ大きさになって下水道にいるのは、主に嗅覚の遮断と忍耐力が必要だった。
嗅覚は致し方ないとして、忍耐力であれば二人とも並みの人間のそれとは比較にもならない。
「しっかし、折角の衣装が泥臭ェってのだけは頂けねえよなァ。」
いつもの口癖を続け、注がれたワインを口に運ぶ。
リゾットは頷いて、グラスを傾けた。
「パーティーに潜り込むのが嫌だと言ったのは、お前だがな。」
「社交ダンスなんてお高く気取ったヤツは踊りたかァねーんだよ。男二人しかいねぇのに、ダンスするのも目立っちまうし。」
ワインを飲み干し、テーブルにグラスを置く。アーモンド色の瞳を、真っ直ぐにリゾットに向けた。
ワインより深い色をした双眸は、一度だけゆるりと瞬く。
「どうせだったらリゾート地に来てんだ、ビーチで泳ぐくらいはしたかったな。」
「死体と一緒にか?あまりお薦め出来ないな。少なくとも、俺はしたくない。」
「同感だ。」
クッ、と喉を震わせてホルマジオは二杯目を注いだ。
「“Costa del sol”,真っ青な海と空に真っ白な砂浜だ。なのに今は、どっちも真っ黒で血腥い。そっちの方が、俺らには似合ってるだろうがよ。」
「ああ、そうだな・・・。」
グラス半分ほど飲んで、リゾットは相槌を打つ。
観光に来たわけでも、遊びで来ている訳でもない。場所が裏路地だろうとリゾートだとうと変わりない。どこであろうと、仕事をするのには微塵も違いは無かった。
「ま、思ったより早くカタが着きすぎて呆気ないくらいだ。スムーズに進むのは嬉しい限りなんだけどよォ。予定じゃ、あと二日で仕留めるはずだったろう?ターゲットが予定を変更したせいで、俺らのスケジュールも変わっちまった。とってるチケットは二日後のだぜ。どうする、キャンセルして早く帰るか?」
「無駄な出費はしたくない。」
「キャンセル料と比べて宿泊費プラス観光費なら、どっちが高い?」
「・・・・ホルマジオ、」
嗜めるために低く言えば、相手は両手を上げた。
それでも口元の笑みは消えていない。
「分かってるさ“リーダー”。でもな、俺は久し振りの恋人と二人っきりっていうなんともロマンチックなシチュエーションを、もっと味わっていたいんだよ。」
「今日はやけに饒舌だな。酔ったか?」
「これは安酒じゃなさそうだからな、そうかもしれねぇ。」
どこまで冗談か判別しがたい。
リゾットは溜息をついて立ち上がった。
「ビジネスホテルなら、キャンセルするよりは安い。お前の言うロマンチックには程遠いが。」
「十分だ。帰りはどうする、下水道を再チャレンジするか?」
閉めていた硝子の窓を開けて、リゾットはホルマジオを振り返る。
「いいや、違う。折角だ、“白い砂浜”とやらを歩こう。」
夜中になれば潮が満ち、砂浜についた足跡も消し去る。それを計算しての発言だった。
ホルマジオは頷いて、笑みを深める。
バルコニーの手摺から、躊躇なく飛んだ。
窓から飛び降りた二つの影を頼りない月明かりが照らす。
置き去りにされたワインが、吹いた潮風に漣を立てた。
プライヴェイト・ビィチで捕まえて
(こんな静かでいい夜に、二人で砂浜デートか。ロマンチックじゃないか。)
(生憎とまだ春先だ。風邪をひくから、さっさと帰るぞ。)
end.
あとがき
ひっさびさーなホルリゾ。というか五部の小説自体が久々です。こんなのでリクエストに応えられているか分かりませんが、宜しければどうぞ!!アスカ様、ありがとうございました!!