短編書庫2
□贈り贈られ
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自分には分からない。「泣く」という感覚が。
物心ついたときから、泣いたことなどほとんど記憶に無い。
だから、ふと思ったのだ。
「泣いてみたい」と。
よく観察してみると、近親者が死んだとき、人は良く泣いているようだ。
(身近な人物を殺せばいいのか)
それならば。
まずは側近を。茶を持ってきた侍女を。
贔屓にしていた遊女を。真夜中にふらふら歩いていた酔っ払いを。
次々に、殺していった。
けれど、何を殺しても、血を浴びるだけで、一向に涙など出てくる気配はなかった。
「・・・と、いうわけなのだよ」
「久秀様って、意外と馬鹿なんですね」
「私に面と向かって馬鹿といえるのは卿くらいだろうね」
私の傍らに控えているのは小姓である蒼。
本来小姓の類はいらないと考えていた私だが、蒼はなかなか私を楽しませてくれると、長いことそばに置いている。
「涙なんて、あったって邪魔なだけです。鬱陶しいったらありゃしない」
「つれないな」
「そんなに泣きたいんですか?ならちょっと目を閉じてください」
妙に真剣な瞳で見つめられて、私はいわれるがままに瞼を閉じる。
「・・・で、誰でもいいです。人を、泣いている人を、思い浮かべてください」
「泣いている人・・・?」
人、といって真っ先に思い浮かぶのは、もう魔王と成り果てた元主君。
しかし、彼が泣いている姿など想像できないので却下だ。
身近にいて、泣く姿が容易に想像できる人物といえば・・・。
私はゆっくり瞼を開いた。
「その人を、殺せば涙が出るかもしれませんよ」
「なるほど」
私は、早速宝剣を手に取った。
「卿とは・・・身近すぎて気がつかなかったよ」
「遊女や酔っ払いより、涙を流せるかと」
「そうか、ならば・・・卿には死を贈り・・・涙を貰おうか」
「どうぞ、お好きなように」
死の間際まで、彼女は穏やかに微笑んでいた。
肉が切れる感触。音。血がどろりと傷口から溢れて、見る見る畳を濡らす。
彼女を殺した、そう認識してから少し遅れて、鼻がつんと痛くなり、視界がぼやけた。
「・・・確かに、邪魔だな」
贈り贈られ
ぼやけ歪んだ視界のせいで、蒼の顔が見えやしない