短編書庫

□もしも、私が。
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政宗様の戯れで訪れた遊郭に、俺は定期的に足を運んでいた。
「いつもので頼む」といえば、いつもと同じ女が部屋で出迎える。
いつもと同じ、姿、声。ただ、何をしているときも瞳が悲しげに揺らいでいるように思えたのは、自分が酔っているせいだろうか。

「片倉様」
事が済んだ後、珍しいことに彼女は俺の名を呼んだ。帰り支度をしていたところを、俺は振り返る。
「人とは、悲しゅうございますね・・・」
「何がだ?」
「恋をするにも身分で縛られ、たとえ同じような出身でも政略で愛する二人は結ばれない。
私は恋というものが分からなくなってしまいましたわ」
静かに語る彼女には、ありありと悲しみの影が見て取れた。こんな表情など見たことがなかったので、少し戸惑う。
そっと手を伸ばし頬を撫でてやると、さも嬉しそうに身を寄せてきた。
「片倉様」
「何だ?」
「もしも、私が・・・いいえ、なんでもございません」
「・・・そうか」
それから彼女はそっぽを向いたまま黙ってしまい、どうしていいかわからなかった俺はそのまま店を出た。



それからまた足を運ぶと、彼女はいなかった。どこかのお偉方に買われていったらしい。
他の女には興味はない、主人に強く止められたが俺は踵を返した。
そして、ふと彼女の悲しげな瞳が脳裏によみがえってくる。

『もしも、私が・・・』

ーー武家の娘として生まれていたら、貴方に純粋な恋心を抱けたのかしら。
少しはこの恋が、成就する可能性が、あったのかしら。

自分善がりな言葉が、浮かんでは消えるを繰り返していく。そこで、気づいた。
俺はあの遊女に恋心を抱いていたのかーーー?
そういえば名さえも聞いていない。そんな女に?
気づいてしまったが最後、彼女の姿が、悲しそうな瞳が、頭から離れない。
   今宵はどんな男に抱かれてるんだろうな。
邪念を振り払うように頭を振り、歩き出した。



もしも、私が。

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