短編書庫

□嫌い、嫌い、好き
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彼は忍だ。そんなこと分かっている。
でも。だけど。
あの冷たい瞳が怖かった。掴み所のない性格が、嫌だった。
だから、彼が任務でいない間に、こっそり逃げ出した。

私は父である武田信玄に、何度も付き人を変えてといっても変えてくれないんだもの。
うるさいけど、明るくて素直な幸村がよかった。
忍である、佐助よりも。

どんどん歩いて行って、躑躅ヶ館から離れていく。
あたりはもう薄暗くて、少し怖かったが森の中へと足進めた。
こっちの方が、見つけるのが大変だと思うし。
森の中は真っ暗で、足下すらも覚束ない。
怖いという感情を振り払うためにぶんぶんと首を振った。
そういえば、夜、怖い話を聞いて眠れなくなったとき、佐助がずっと添い寝してくれていたっけ。
って、何考えてんのか。逃げている相手のことを考えてるなんてどうかしている。
「・・・・っ、あ・・・!」
とうとう木の根に躓いて転んでしまった。痛い、痛い。
佐助なら「気ィ付けてよ〜」とか言われながら軽々と受け止めてくられいたはず。
一応姫として育ってきたから体力なんて皆無に等しい。まともに歩けないくらい足がガクガク震えてきたので、仕方なく木の根元に腰を下ろした。
こんな時佐助なら・・・・ってちょっと待って。
私、さっきから佐助のことしか考えてないじゃない。
嫌いなはずなのに。大嫌いなはずなのに。どうして頭に浮かんでくるのは彼のことばかりなの?
ふと、ある感情が心を掠める。でも、そんなわけない、と私は首を横に振った。
それと同時に遠くから獣の遠吠えが聞こえてきて身を震わせた。
どうしよう、もし狼なんかに会って、喰い殺されてしまったら。
とたんに全身が恐怖に包まれ、ぽろぽろと涙を零す。
口をついで出てきた名前も、やっぱり彼のものだった。

「佐助・・・・佐助ぇ・・・・っ」

何度も何度も呼び続ける。私が迷子になって泣いていたとき、佐助はどうしてくれたんだっけ?
そう、確か・・・・

「蒼・・・!!!」

滅多に聞けないような切羽詰まった声で私の名を呼んで。

ぎゅっと強く抱きしめてくれたっけ。

佐助の腕の中はなぜか落ち着く。

なぜか、の理由はもう分かっているようなものだけど。

だって私は。

「佐助・・・大好き」

佐助に聞こえたかどうかは分からないけど、小さく呟き、私を包み込んでくれている彼の背中に腕を回した。



嫌い、嫌い、大好き

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