あはれとも、

□拾幕
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「風榎、姉………!!?」

「…風榎、」





晴太と神威がそこにはいた

目を見開かせた晴太

いつもと変わらない笑顔の神威


神威の手や頬は、血が固まって赤黒くなってる

当たり前だけど神威に傷はない

昔嗅ぎ慣れた鉄の臭いが鼻をつんざくように刺激した

一度瞼を閉じてから、ゆっくりと開ける

視界に入った2人の後ろには血の海

付けている黒い手袋を貫通して爪が刺さったのか、なんだかぬるっとした感覚があった

赤黒く染められた、鮮やかだった着物が神威の足元に見える





「…晴太、私の後ろに見える階段を最上階まで登っていくんだ。それから通路通りに進め、そうすれば再奥の部屋に日輪姐様はいる」

「え、うっうん」

「早く行け、どうせ逢いに行くんだろ」

「ッ風榎姉は!?一緒に、!!!」

「……わっちは百華副頭でありんす。百華の務めは"吉原の掟を破るものへの制裁"。それをここで果たさなくてはどこで果たすという話」

「でもっ!!」

「邪魔なんだよ。早く行け」

「っ!!…うおぉぉぉおおお!!!!!」





晴太が私の横を通り過ぎていった

下げていた視線を少し上げれば、見たくもない笑顔

ケタケタと笑いながらこちらを見ている

羽織っていた着物を脱いだ

たしかこの着物は昔沙織姐さんから頂いたもの

番傘を握っていない方の手でその着物を強く握る





「…子供には優しくしなきゃいけないヨ、風榎?変わってないなぁ」

「黙れ」

「あと、1つ間違いがある。風榎は俺たち春雨のもの、俺のもの。お前は春雨団員だろ?」

「私に春雨を辞めさせたのはお前だろう。私は百華、春雨なんて肩書きはとうに棄てた」

「あはは、じゃあ今はこの穢れた町を守る雌豚共の仲間だって言うの?」

「、雌豚、?」

「そうでしょ?風榎がここにいること自体間違ってる、お前はここにいるべき人間じゃない!…風榎の居場所は俺の隣だけだ」

「……覚えてるだろ、私の戦う理由」

「あぁ、もちろん覚えてるヨ」

「私にとってお前は今団長でも幼なじみでもない。お前は今、ただの、敵だ」

「!そんな目初めて見たネ、ゾクゾクする。…でも俺以外の奴を想ってそんな目をしてると思うと、殺したくなる」

「なら殺してみろよ」





左足を蹴って間合いを詰める


許せなかった

私の大切なものを壊した神威が

やっとできた居場所を、やっと見つけた闘う意味を壊した神威が


神威の言ってる意味が分からなかった

追い出したのは神威

脱団させたのは神威

それを今更、私の居場所を決めるだと?

ふざけるな

それに元々お前なんかに、





「私の居場所を決められる筋合いなんてないんだよ!!!」

「!!!」

「お前は…、お前は私の一体なんだ?幼なじみ?団長?私はそこまでお前に馴れ合うつもりも、仲良くなったつもりもない」

「あはは、何言ってるの?俺にとって風榎は風榎。幼なじみで、いつも隣にいて、俺が…唯一渇望するもの」

「その前に教えておいてやる。私はものじゃない、私は、お前を求めてなんていない」

「…は?」





何度か番傘で撃ち合いした後、クナイを何本か投げる

それを右手で弾こうとした瞬間に肩を思いっきり掴んで足払いをしながら神威を後ろに押し倒した

腰からクナイを抜いて、神威の白い喉元に押し付ければ、正反対なくらい真っ赤な血が流れる

神威の血

それは百も承知だ

でもさっきの血で染まった姐さんたちが脳裏をよぎって胸の奥からなにかが込み上げてきそうになった


私は思いっきり叫んだ

全部、全部

クナイを持つ手が少し震える

それがどの感情からなのかは分からない


叫び終えて、私はまた叫びそうになる

さっきとは違う

身体の底から感じる恐怖

目の前には蒼い瞳

私とは違う蒼だ

その瞳は初めて見たくらい虚ろなものだった

濁った目をした奴には数えられないくらい見てきたつもり

違う。そんなの比じゃない

光がない

何も見えてないんじゃないかっていうくらい闇で染まった瞳


思わず本格的に震えだした手をもう一方の手で押さえて、後ろに飛び退いた

歯が上手く噛み合わなくて、カクカクという独特な乾いた音がする


これでも、私自身弱くないほうだと思っていた

自分以上に強いと思えた奴なんて片手で足りるくらいしか出逢ったことがなかったから

そんな私が認めた奴からでさえも感じたことがない恐怖

なんて言えばいいか、なんて表せばいいか分からないくらいの恐怖

過呼吸になりそうなところを無理矢理抑えて目線を前に向ける


神威は少し俯いたまま立ち上がった

表情がまるで分からない

小刻みに震える番傘をもう一度掴みなおす





「俺を、求めてない?」

「っは、」

「こんなに俺は求めてるのに?求めてるのに?こんなに渇望して、求めて、逢いたくて、欲しくて、触れたくて、俺には風榎しかいらないっていうのに、…風榎は俺を求めてない?」

「!ひっ」

「あは、逃げるの、風榎?もう追いかけるのは飽きたんだけどな、俺。どれだけこの2年間探して、追いかけたと思ってるの?でも風榎がしたいって言うなら仕方ないネ。どうせすぐ捕まえるけど」





アイツは誰だ


まずこれが頭に浮かんだ

たしかにアイツは狂ってた

でもここまで狂ってなかった

というより狂うの意味が違う


生まれて初めて逃げた

背中を向けてただ逃げた

こんな弱い奴がするようなことをするなんて私がするなんて考えたことすらなかったのに

足がもつれる

自分の足音がやけに大きく響く。けれどそれ以上に後ろからの足音は大きく聞こえた

恐怖で脚の関節が上手く曲がらない

棒みたいだ

いつもみたいに走れなくて、何度も転けそうになる


次の瞬間、足音すら私の世界から消えた





「やっと、つーかまえた」







































兎、お前は

(何を見て跳ねるんだい?)










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