♂×ルル

□薄く笑って悪役を演じきる
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※ルルーシュ一周忌、ロイルル

ゼロレクイエム前










たとえそれが善(よ)いことだとわかっていても、自分をひどく傷つけた相手を赦(ゆる)すことはたやすいことではない


それは、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという人間にとっても同じことであった




炭を流したような黒い空


時刻はもう夜の十一時をまわっていた


壮麗な佇(たたず)まいを保つ、皇宮ペンドラゴンの庭園は静けさに包まれている


牧草がみずみずしく地面を覆い、目の前には磨かれた黒い大理石の、大きな鏡のような湖が広がる


その湖へ続く石段の段差に腰掛けている、一人の少年の姿が見える


僭帝ルルーシュ


それが帝位簒奪(さんだつ)劇、至尊の座についた現在のルルーシュの呼称である


破局を回避する手段や機会は少なからずあった


しかし、彼はそれを選ばなかった


長い間かぶっていた仮面が顔に貼りついて、気がついたら剥がれなくなっていた


単純ではない世界をひとつにまとめるための、綿密な思索に耽(ふけ)ろうとしていたが、背後から近づいてくる足音に現実に引き戻される


「陛下」


飄々とした口調ではなく、張りのある硬質な声音


「ロイドか」


軽く笑い、昔からの馴染みの呼び名を呼んだ


「どうした?何か用か」


ロイド・アスプルンド


旧エリア11統治軍・特別派遣嚮導技術部少佐、ブリタニア帝国の伯爵でもある


今現在はルルーシュ側の陣営に属している


表向きの理由としては、自身が開発したランスロット・アルビオンについてきたと言えるだろう


実際は、一生の忠誠を誓った主君に仕えるために協力していた


「ゼロレクイエム」


ロイドの言葉に、ルルーシュの眉がぴくりと跳ね上がる


「なぜお前がそれを……」


振り返ったルルーシュの瞳が、愕然としたように大きく見開いた


「スザクから聞いたのか?」


ロイドは一瞬、返答に間を置く


「仰る通りです」


ルルーシュの問いかけに、淡々とした口調で事実を述べる


しばしロイドのその姿を眺めやり、やがて肩からふっと力を抜いた


「そうか」


玉座に座った時に浮かべる形式的な笑いでも、他者を見下す時に見せる冷笑でもなく、ただただ傲然(ごうぜん)とした笑みを浮かべる


だが、暗く沈んでいる背後のロイドの表情を想像し、ルルーシュは小さく吐息を漏らす


「どうしても実行なさるのですか?」


沈黙を挟(はさ)んで、ためらいがちに尋ねるロイドに対し、あくまでも朗(ほが)らかに応じる


「俺が悪をなさなければならない理由は知っているだろう?」


ロイドは全身を強張らせ、ルルーシュから目を離せなくなった


目の前に鋭いナイフを突きつけられたとき、それから目が離せなくなるように


こうしている間にも一日は無為に過ぎていく


「陛下の御身を守れず、見殺しにするようなことあらば、騎士としての面目もたちません」


ロイドが苦渋の呟(つぶや)きを漏らす


焦燥をも超える無力感が、彼の心を黒く塗り潰していく


「お前の爵位を剥奪しようか」


石段を下り、湖岸(こがん)へと歩き出す背中に哀愁が漂う


「陛下?」


ルルーシュの心の変化を、ロイドは敏感に嗅(か)ぎ取っているようだった


痛みともどかしさを混ぜ合わせたような表情を一瞬浮かべる


「俺という名の鎖に縛られずとも生きていけるように」


胸の奥底にある、鉛のような重みが一気に増した


「ルルーシュ様…!」


背を向ける直前、髪の隙間から見えたうなじの白さがロイドを目を刺(さ)す


まるで雪のように儚げで


「私はルルーシュ様が皇帝ではなくともお守りしたいのに」


ロイドの淡い憂愁(ゆうしゅう)と、胸につかえていた嫌な予感は的中した


自分の人生への落書き


ただの落書きではなく、全てが嘘で構成され、美しい


夢のような家庭――人生


涙も出ず、ただ深い失望と憎しみを抱くだけの人生ではなく


もともとの絵がどれだけ醜いものであるかを知らしめる為の、残酷な上塗り


この虚飾をロイドに与えると言っている




美しい虚飾の下から、化石を掘り起こしてみる


第九十八代ブリタニア皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアとの血でぐにゃりと歪んだ謁見


心臓が毒を吐き、体験したことのない憎悪に全身が染まった


じりじりとした焦燥を感じながらも、何も行動を起こすことが出来ずにいた


そうした日常に倦(う)んだルルーシュが「父への復讐」と「妹の幸せ」を求め、偶然手に入れた力


それがギアス


ゼロという先導者に紛し、成し遂げようとした帝国への反逆


悲しいまでの狂気に満ち、溢れるほどの淋(さび)しさに、壊れてしまった世界


地獄の沼に顔を突っ込むように敵となった友と、帝国と、目には見えない悪意とのえぐり合い


打ち砕かれた殻、腐りきった中身


化石と化した真実が生々しく蘇ってきていた


――死にたくない


心の奥からせり上がる感情を、弱音を、ロイドに丸ごとぶつけたい


しかし、その行為すらもう罪を背負い過ぎた俺には許されない


ならば、せめて


「俺は世界を嘘で欺く。人々の明日のために」


ロイドが本気なのはわかっていた


自分がこれから成す行為が深刻な事態を引き起こすということも


だが最後までロイドはルルーシュの感情を優先してくれていた


あいつは、相手がノーと言えば、決してそれをしない


あまり他人に関心を示すタイプではない俺が、素直にそう信じることができた


「それでもお前が、まだ俺の騎士でいたいと望むならもう一度命令する」


信じられることが何よりの支えだった


裏切られないという確信――


それが世界に満ちてさえいれば、麻薬も銃も要らなくなるのに


「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの騎士でいろ」


「イエス・ユア・マジェスティ」


尊敬と親愛と、愛の情を込めて、手の甲に最後の口づけを送るロイドに、ルルーシュも感謝の念を抱く


薄い膜(まく)のすぐ向こう側には透明な液体が今にも溢れそうになっているのがわかる


それでも最後のひと押しが足りなくて、膜が破れない


嘘を物語る側は醒(さ)めきっていなければならないのに


ルルーシュは、掠れたような笑いを零した


その笑みはひどく自嘲めいている


信頼できる臣下の前で、ひととき子供の自分に還る


心臓の端を、優しくつねられるような心地がした









薄く笑って悪役を演じきる



(だってこの手は英雄を語るには余りにも血を浴びすぎ、生き様を誇るには汚れすぎてしまったから)









お題拝借、沈黙モノクロォム様


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