♀×ルル

□胸臆に触れる
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※ルルーシュ一周忌、ユフィルル












精神的な息苦しさを感じる


ハァハァ、と乱れた呼吸を整え歩き始めた


ルルーシュが悔い改めの放浪を経て、最後に到達した場所は親愛する妹、ユーフェミアがいるところだった


身体(からだ)が自然と反応した


淡い光に照らされて、凛と咲く白い花のように立っている


「お帰りなさい」


声を聞いた途端、ルルーシュの心臓がふいに強く脈打った


自分の心情からくる肉体の変化が、まるで時計のネジの巻き加減のように、正確に把握できた


「……ユフィ」


自らの野望のため犠牲となった目の前の少女を前に、ルルーシュは何も言えず、黙り込んだままだった


基本的に彼女は仮面を付けたがらない


自分の感情に素直で、好きなもののためには好意を隠さずに尽くそうとする


天使のようにふんわりと微笑むユーフェミア


生きている間に何度も見た彼女の笑顔は色褪せていなかった


「もう、いいの」


ゆったりと、この上なく優しく微笑むユーフェミアは歩幅を進め、ルルーシュの目の前に立つ


「もういいのよ。ルルーシュ」


俯いたままのルルーシュは、彼女の顔に一様にうかんでいる穏やかな寛容の色にとまどう


透き通った粉雪色の頬に、そっと両手を添える


過ち、悲しみ、誤解によってできた固い壁が和(やわ)らぎ、溶けだしていく


「貴方は十分自分の罪の重さに苦しんだ。そして、自らの行動を償った」


見上げたユーフェミアと視線が合う


吐息が感じられるほどの距離に、その顔はあった


二人の間に、これまでになかったような柔らかい思いが醸し出された


罪を犯してしまったが、それと同等の努力をもって償いをすれば罪の汚れは清められる


「済まない……ありがとう」


彼はとてもやりきれない表情で泣いていた


ゆっくりと光の軌跡のように、温かな雫が温(ぬく)もりと一緒に頬を流れ落ちる


「ただいま、ユフィ」


涙を拭(ぬぐ)おうともせず、ごく自然にそう告げる


「お帰りなさい。だいぶ痩せたわね」


頬を濡らす彼の頭をユーフェミアは優しく、慈(いつく)しむように、撫でた


ルルーシュは涙目でも綺麗に笑った




美しく、幸福そうな光景


花を咲かせる潅木(かんぼく)、とても美しい色合いの植物が、地上の花とまったく同じように、愛らしく薫(かお)り高く咲いていた


溢れんばかりの栄光に包まれており、あらゆる悪や罪の汚れから解放されている


「なあ、ユフィ」


「何?ルルーシュ」


「俺の人生って何だったんだろうな」


吐き出された言葉を聞いた途端、心が締め付けられて、痛さを感じた


「……ルルーシュ?」


気になって、自分の膝の上で寝ているルルーシュの顔を覗き見る


ぼんやりとした寒い灰色の丘が周囲を囲み、黄昏(たそがれ)気味の空がその上を覆う


荒涼とした悪逆皇帝(かれ)の心象風景をそのまま置き換えたような情景に移り変わった


色づくものは何も見えず、草木の一本すら見当たらない


「物語の、ほんの喜劇の一部にしか過ぎない存在だったのか?」


ルルーシュの紫玉から、蛇口をひねったように赤い血がとろとろ流れ出てきていた


灰色の世界で、罪の色だけが鮮やかな色彩で不吉に輝いている


世間の仕組みが立ち行かなくなって軋み始める時、そこに挟(はさ)まれて辛い思いをするのは弱者である


不完全な知性、不完全な体力、不完全な精神しか持ち合わせていない完全な弱者であっても、謂(いわ)れのない力の犠牲となって鏖殺(おうさつ)されるとなれば、死に物狂いで抵抗をした


心まで凍りそうな寂しさの中で、妹を守りながら必死に生きてきた脆弱(ぜいじゃく)で、小さな存在


傷ついた魂が漏らす痛苦の呻(うめ)きが、聞こえたような、気がした


「そんなこと、ないわ」


くだらないと吐き捨て、世界を見下したルルーシュに、ユーフェミアは静かに告げる


「なぜそう言い切れる?」


網膜に、脳に映るものの全てが歪(ひず)んだ世界


ナナリー以外、人間と認識せず、すべてのコミュニケーションを拒絶した幼少期


「だって私は私にしかなれないし、ルルーシュはルルーシュにしかなれないもの」


すべてを鎮(しず)めるような、感傷的な声で言った


虚無の中にあったルルーシュの心が、思考の牢獄から解き放たれる


「相変わらず、正直者だな。ユフィは」


ユーフェミアの言葉は耳に届いてから、ゆっくりとルルーシュの脳に伝わっていった


じわりじわりと染み込むように


溶け込むように


白湯(さゆ)を飲んだ時のような、静かにゆっくりと胸に広がってゆく熱さ


「それが私の長所よ。昔から変わらないってわかっているでしょう」


彼女の優しさは、疼(うず)いていたルルーシュの傷を癒す


私は風になりたかった


貴方の残滓を温もりを匂いを運ぶ、空気のような存在でありたかった









胸臆に触れる



(泣かないために優しいことばをくれないか)














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