スザルルSS

□きみとなら二人 何度でも恋したい
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※スザルル+C.C.




暗い虚無が四方から落ちかかってくるのを感じた

ユーフェミア皇女の騎士叙任を祝い、学園内で生徒会主催の祝賀パーティーが催された

パーティーは立食形式で、スザクは片手にオレンジジュースの入った紙コップを持ちながら、テーブルにズラリと並べてある料理を美味しそうに食べている

「スザク君! おめでとう」

「おめでとスザク。大出世だな!」

「ありがとう。シャーリー、リヴァル」

スザクの唇が無邪気な笑みの花を咲かせた

生徒会の皆は、快(こころよ)くスザクの騎士叙任を祝ってくれている

いくら鈍いと言われててもこの時ばかりは、ナンバーズでイレブンの自分に対する周りの視線が変わったのも、はっきり自覚出来た




クラスメイトたちの笑い声が、春の祝祭のように、楽しく部屋中に響いている

外からの脅威を感じることなく、内側からの腐敗も知らずに育った鷹揚な笑い声が

様子を覗きに来てみたがルルーシュはその場からすぐに離れるつもりだった

そこにいる限り自分はいつまでも嫌な感情に晒(さら)されなければならない

言いたいことはあるのだと思う

でも、それは胸のあたりで、こんがらがって、どうにもほどけない

どうすれば、解きほぐせるかもわからない

ルルーシュの胸の奥底にある重みは一向に消えはしない

端麗な容貌は苦々しさと怒りが溶け合って薄く影を作っているようにみえる

乾いた空気が、穏やかな狂気に満ちている

「ルルーシュ」

一瞬の静寂――

だが、それは文字通り嵐の前の静けさ

「……」

怒りの原因である人物が、目の前に現れ、ルルーシュは、かつて体験したことのない憎悪に全身が染まっていた

「ルルーシュってば」

いつもは社交的な彼だがスザクに対しては、明らかに他人とは違う一線を引いた態度を取っている

「僕のマイハニー」

「誰がマイハニーだ!!」

烈気を結晶化させたような言葉を放つ

目を吊り上げ皺(しわ)を寄せるルルーシュの姿も、スザクから見てると可愛さすら増してくる

心臓はすでにゆっくりと打っている

スザクの思惑とは違い、ルルーシュの心の温度は恐ろしく冷えていた

まるで昆虫か何かになったように

「まんざらでもないくせに」

彼をからかう素振りを繰り返すスザクにキレたルルーシュは、中身の入った紙コップをグシャリと音を立てて握り潰すとそっぽを向いてしまった

叙任の儀礼でスザクがユーフェミアに見せた忠誠を思い浮かべた

騎士の証である、美しい鳥が翼を広げたような階級章が左胸にきらきら光っていた

その光を思い出すだけで心臓がゆっくりと毒を吐くようだった

「どうしたの? なんで、そんなに機嫌悪いの?」

――そんなに俺を傷つけたいか?

唇が震えた

屈辱と哀しみがルルーシュの深い思いを支配する

「自覚症状は見受けられるみたいだが…」

なぜ、なぜだスザク

どうして過去の自分を受け入れない?

「ね? ルルーシュ」

スザクは首を傾げる

時折、垣間見える幼さがひどく邪(よこしま)に映る

沈黙を挟んだあとで、冷静な口調で答えた

「自分の胸に手を当てて聞いてみるんだな」

ルルーシュはゆっくりと息を吐いた

心臓の鼓動が収まる代わりに、体中で憎悪が血肉の一部になって、静かに脈打つのを感じた

「はっ! まさか」

スザクの眉根(まゆね)がぴくりと反応した

ルルーシュが語る言葉の意味を理解したのか、スザクの表情が鮮やかに変化した

「やっと気づいたか?」

ルルーシュが、昏(くら)い顔で呟く

その呟きから漏れる声は、巨大なリボルバーの銃口から、殺意の塊を噴き放って重油のように滴っていた

「…ごめん、ルルーシュ」

現在(いま)のお前は、過去のお前の一部なのか?

スザクに対し、ルルーシュは一方的で偏(かたよ)った見方をしてしまう

「いや、分かってさえくれればいいんだ」

もう、分からないだろうがな――

そんな言葉が喉元からせりあがってきそうだった

「昨日のじゃ……満足しなかったんだね?」

言葉の尻尾に、悲しげなため息がぶらさがった

「は? 何を言っている」

「だから、昨日の僕と君とでセッ」

一点の曇りもない声と表情に気圧(けお)される

「言うなバカ! 公衆の面前だぞ」

羞恥に足が震え汗が吹き出す

「ごめん…最近構ってあげられなくて」

眉の端を下げ、瞳を曇らせ、痛みをこらえているような表情で、ルルーシュのほうへ歩み寄る

スザクの声にかすかに後悔のような色が滲んでいる

「……スザク」

ルルーシュに対する憤(いきどお)りと感謝とが溶け合っていた

「なるべく、時間作るから」

嘘に嘘を重ねるごとに、心は擦り減ってゆく

朗らかで天然なスザクは、彼自身が創り上げた哀しい道化で、本来の彼ではない

この日から二人の間にある溝は確実に深まった




「遅かったな、ルルーシュ」

ソファーに長々と寝そべり、平然とくつろいでいるC.C.の呼びかけにルルーシュは応じない

「何でそんなに苛立っている?」

「別に苛立ってなどいない」

C.C.は、からかうようにルルーシュに言葉をかけた

「その割には隠しきれてないぞ」

たちまちルルーシュの理知的な瞳に鋭い光が宿った

自分の中の不安を理論立てて説明できず、黙ったままでいる

「珍しいな。演技派のお前がこうも感情をあらわにするとは」

明らかに声に苛立ちを含んでいるのを見抜いたC.C.は、にんまりとした笑みを浮かべてみせた

「図星ならいつも通り賢(さか)しい悪知恵を働かせろ、坊や」

「余計なお世話だ」

ルルーシュの顔がさらに険を帯びた

胸に穴を穿(うが)つような悲しさや、身を焼き尽くすような怒りも伴った、人間らしさ

その人間らしさの辛い側面を、C.C.はルルーシュというフィルターを透(とお)し、垣間見る

――時は、移ろう

時の流れに沿って、人の心は徐々に変化していく

額に指をあてて悩んでいるルルーシュの心には、まだ割り切れない気持ちが渦巻いていた

ユーフェミア・リ・ブリタニア

ルルーシュにとって禍福(かふく)両方をもたらす、厄介(やっかい)な妹

ブリタニアはスザクをイレブンと差別し、比較対象としてはっきりと区別した

しかし、ユーフェミアは違った

彼女は現在のスザクを否定せず受け入れた

輝く抱擁の甘い御手に抱きとめ、大地にあまねく根差したるものに還す

――慈母、そのもの

スザクの心の断端を受け止め、傷つけないように包み込んで、彼をしっかりと、独りで立たせた

清らかな心でさやけき風の如く、透明感溢れる良心から出た言葉は輝きや重みを増す

仮面をかぶり、道化を演じ続けるルルーシュとは違い、ユーフェミアは嘘をつかない人間だった

「お前は枢木スザクのことになると目の色が変わるな」

独り合点がいったようで、彼女はくすくす笑った

「――愛してるのだろう?」

過剰な愛が幾層にも積み重なって、弾(はじ)けそうな憎しみに変わるくらい

「まあ……な」

ルルーシュの表情と声に自嘲の色が混じった

自分で自分の心を認識すること

自分自身の心の動きを知ることができるからこそ、人間は他人の心を推(お)し量ることができる

群れる動物である人が進化の過程で獲得した能力

争いを有利にする能力

そして、相手を思いやることによって争いを避ける能力

そのためには、ただ合理的な計算で相手を読むだけではだめなのだ

人間はルールの決まった盤上に生きているわけではないのだから

感情移入できなければ、人は他者と繋がれない

喜びも悲しみもわかちあえなければ、孤独が心を殺す

そう――憎む相手の苦しみが想像できなければ、酬(むく)いを与える喜びさえ感じることはできない

すみれの花が開くような小さな笑みを浮かべ、C.C.はゆっくりとルルーシュの首に両手をからませる

「何の真似だ?」

行動の意図がわからず眉を顰(しかめ)るルルーシュに、C.C.は愉快そうに目を細める

「人恋しいかと思ってな」

C.C.はわざとらしく、心配そうな表情をつくってルルーシュの耳許(みみもと)に囁いた

「馬鹿を言え」

ルルーシュはふんっと唇を尖(とが)らせた

怒っている色はないが、あきれている色は、声にも表情にも見て取れる

「お前はいいなぁ、ルルーシュ」

呟く彼女の瞳に、愛おしげな光が宿り、赤い唇がちらっと笑みの形を作る

「何がだ?」

C.C.は、うっとりと目を閉じる

「お前の意志で、枢木スザクを傷つけることができる」

“スザク”という単語が、ルルーシュの心臓に爪を立て、古い記憶の扉を激しく揺らす

「そうか……そうだ! 気がつかなかった」

押し殺した笑いが聞こえた

「俺は俺だけのためだけにスザクを傷つける」

……ちぎられた道化の皮は泣きもせずににやりと笑う

それは嘲笑だったか自嘲だったか――

粉々に砕けた心臓のかけらは一言も言葉を漏らさず、ただしんしんと熱だけで両手を広げていた

(想えば想うほどに、傷口ばかりが広がる、救えない関係……か)

病的な哄笑を聞いたC.C.は、笑みを保ったまま、しばらく沈黙した

ふたりの思惑(おもわく)の矢印が、あっちとこっちからきて、ぎりぎりを掠(かす)めながら、決して交わらず、触れたり融合したりすることなく、ただ擦れ違って遠ざかっていくのが見えるような気がした




(これで…いいんだよね?)

自分で自分の手の甲をそっと指でなでる

木枯(こが)らしが吹きすさぶ寒々とした夜空を眺めながら、寂しく呟く

別にユフィに傾倒していたわけではない

彼女は空っぽな僕とは逆で優しくて、あたたかくて、キラキラしていて、夢を語る君はとても眩しく見えていたから

その証拠として、彼女は僕の演じる道化を気づきもせず、見抜いていない

仮に誤魔化しを見破られたとしても、静かな侮蔑の表情を僕に向けることはないだろう

何も知らないふりをして、演技をして皆をだましてる僕を、損得のない無垢な視線で見ていてくれる

僕は精神的マゾだ

好きな人に愛憎の混じった目で見つめられて罵(ののし)られると、ぞくぞくする

ルルーシュは、まだ知らない

自分が道化を装(よそお)って危うい演技を続けていることを

だが、僕も知らない

ルルーシュが僕の知らないところで、道化を演じていることを

(いつか、本当の姿を見せたい)

まだ見ぬ君を探して夜の隙間に光を落とす

どうにもならない現実が僕に突きつけられた時、心は瀕死の病人のように衰弱し、疲れきり、時折、全身を切りさいなまれるような苦痛を味わっていた

どうしたら癒され、救われるのだろう?

アッシュフォード学園に転入してきた頃の僕が、自分の殻に閉じこもって他人と交流することを避けていたので、ルルーシュは放っておけなかったからかもしれない

「なら、俺のために生きろ。俺がお前の生きる理由を作ってやる」

絶望の淵に沈み込もうとしたとき、ルルーシュはそう言って手を差しのべてくれた

虚(うつ)ろだった瞳に精気がともった瞬間

その中途半端なその優しさに僕は救われたのだから、悪夢を見続けることさえ厭(いと)わない

一度壊れてしまった僕の心は、ときどき誤作動を起こしながらも正常に動いている

強さを欲し、弱さを拒絶しながらもぼくが守りたかった人は、愛した人は

「ルルーシュ」

君だけなんだ









きみとなら二人 何度でも恋したい



(美しい言葉を並べただけではこの物語は成立しないのだから)









お題拝借、確かに恋だった様


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