スザルルSS

□臆病な死にたがり
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※引きこもりスザク×健気ルルーシュ




お前が望む全ての事を、俺は俺を以てして全て、叶えてあげたいのだが

お前は俺に気付いているのか? スザク

うらうらと滲む陽光に罷れた、幻のように美しいお前は




徒競走のように過ぎた七年

苦悩、葛藤、不安、失敗の連続

けれどそれも中途半端でしかなく、自分で自分に嫌気がさしたスザクは、絶望から逃れるために退廃的な生活を続けていた

父を殺した罪悪感から、もともと危うかった精神のバランスを完全に失って、死にたい、死にたいと、そればかり願うようになってしまった



スザクは死にたがっている



前からずっと死にたがっていたけれど、今は心からそれを望んでいて、死ぬことでしか苦しみから解放されないと固く信じている

心がどんどん空っぽになり、体が透明になり、霧のように消えてしまいそうな疎外感とともに、胸の奥を小さな刺で、ちくちくと突くような痛みを感じる



毒を一滴一滴ずつ垂らすように――

少しずつ少しずつ狂ってゆくスザクを、ルルーシュはさめた眼差しで見つめていた

これまで、傷を受けないよう、やわらかな布で幾重にもくるんできた心が、すっかりむき出しになってしまったみたいに、哀しみや痛みや惨めさや悔しさや、やるせなさが一度に憔悴しきったスザクに押し寄せる

たくさんの感情を、どう扱ったらわからないスザクは、喉に炎症をおこし、地獄の業火に燃え、体中が火傷したみたいにひりついているように見えた

その苦しさから、スザクは部屋のドアを閉め、目を固くつむり、耳をふさぎ、一切の情報を遮断し、歩んできた苦悩の刻跡すべてをなかったことにしようとしていた

外に出たら、現実が津波のように襲いかかり、スザクはそれに飲み込まれ窒息してしまう

一人にしたら、暗く惨(みじ)めな気持ちだけを胸に抱えて、死のうとしてしまうので、ルルーシュの視界のきく射程範囲内に置いておいた

目の前で死なれたら後味が悪いという理由から



しかし、ルルーシュは今、スザクを愛し始め、スザクの愛が心に満ちるのをひそかに待っている身だった

永遠に満潮を迎えないかもしれない砂浜で、膝を抱えて、独り座り込んでいるような有様である

たった数日前まで逡巡(しゅんじゅん)していた「愛している」という感情が、一気に意識の水面に広がり、何もかもが、その花を咲かせるための養分として吸い上げられ、見境もなく繁茂し始めた葉は、思考のそこかしこにまで入り込んで、発想を目詰まりさせ、判断の足下を重たくしていた

ルルーシュは、そうした自分の混乱ぶりに、半ば呆れながらも、動揺は禁じ得なかった



一体、どうしてしまったのだ?

こんな類の胸騒ぎは、十代までに感染して、終生免疫が出来る麻疹みたいなもののはずで、そのお陰で、彼はもう随分と長いこと、この手の苦しみからはまったく無縁だった

稀(まれ)に、大人になってから初感染して、手の施しようがないほど重症化してしまう人もいるが、それに対しては、気の毒にこそ思え、今更憧れを抱くようなこともなかった

大人の麻疹は、さすがに笑いはしなかったが、いい歳をして、熱に浮かれたように恋に夢中になっている人の姿には、どことなく憫笑(びんしょう)を誘うような、滑稽なものを感じていた

現に今も、なんとか自分の不安を、笑ってやりすごそうと努めていながら、どうしても笑いきれずにいる

ルルーシュは、停電のあとででたらめになったデジタル時計の表示のように、自分の中のカレンダーが、突然、おかしなことになっているのを感じた

何のきっかけか、それが急に七年前の日付に戻ってしまったために、どこかにしまいこんで、もうすっかり忘れていたような感情が、あれこれ引っぱり出されてきて、胸の内は、足の踏み場もない有様になっていた

どこから手を着けたものかと溜息が出るほど、散らかり放題である

彼は、スザクの生の自己放棄ともいえる行動に、無闇に心を乱されていた




(選択をしろ――)

夢の中で、誰かが言った

(道を選ぶという選択――生存のための選択。その権利はお前にある)

スザクは夢を見ていた

自分が闇の中に浮かび、そしてゆっくりと、もう一人の自分が舞い降りてくるのを

そのもう一人の自分が、

(選択しろ――それとも死んだほうがいいのか?)

そう訊きながら、ゆっくりと、闇に浮かぶ自分と重なり合い、交錯した



記憶が過去へと遡(さかのぼ)ってゆく

街のきらめきに感じ続けてきたノイズが思い出された

死んだほうがいい――心が軽くなる呪文

それが今、ひどく身近に迫っていた

自分を振り返り、もうとっくに死んだはずの過去と目と目を合わす

過去は、自分の思い通りにすることのできる屍だった

ただしそれが、きちんと埋葬されている限りは



ノイズの向こう側には哀しい出来事ばかりの人生があった

動揺を抑え曖昧に否定したが、他人に嘘を吐いているという意識に痛切な不安を覚えた

死んだ父にひたすら謝罪しながら嗚咽を漏らしたことを思い返す

自分の犯した罪の許しを請(こ)い、深い泥沼に一片の救いを求めて

墓の下から、過去はつねにこちらを見つめている

隙があれば腐った手を伸ばし、それに足を取られた者を、どこへ行こうとしていたのかさえわからなくさせてしまう

死んでくれ――火葬のときに一緒に焼かれる人形

それが最後の命令だったのだ

自分はそれに従おうとした

スザクは夜の墨に目を塗りつぶされないようしっかりまぶたをとじた

眠りに落ちるときいつも冷たくて暗くて深い穴のふちを歩かされているような不安な気持ちになる

それから砂時計の砂のようにずるずると真っ暗闇に引きずりこまれるのだ

じっとこちらの背をうかがう過去の目のプレッシャーに耐えられなくなった

(なぜ僕なんだ――?)

決して問いかけてはならないその問いが、ふいに小さな泡のように浮かび上がった



ストレスがあった

フラッシュバック――

そこに戻るくらいなら刑務所に入ったほうがましな場所

フラッシュバック

それは音であり、光であり、痛みであった

怒りであり、快楽であり、会話であった

光景が横切り、その瞬間の感情が再現される

滴(したた)るような憎悪、奇妙な愉悦に満ちた口調

自分は一歩もそこから動いてはいなかったのではないかという思いに、全身が痙攣したように震え出した

背筋を冷たい刃で撫で上げられたような、不快を伴(ともな)う戦慄

スザクのトラウマに辿り着く――

日頃、心の奥底に沈殿し、屈折した気持ちが一挙に弾けた瞬間だった



答えは自分の父親を殺したから

結局は、自分から、二度と戻りたくない場所に戻っていた

残されている選択肢は死だけだった

スザクの胸の内側で、ひやりとしたものが生じていた

まるで冷たいナイフを飲み込んだように

脈拍は穏やかで、そのくせ心が鋭く尖(とが)ってゆく



そう。それが選択だった

生きるかどうか

なぜ自分なのか

なぜ自分が生きるのか

未だに世間のシステム、エゴイズムの地獄図から抜け出せずもがいているこんな自分が

選択――二つに一つの

無条件に愛されたことのない人間が、やがて必ず辿り着く、究極の選択だった

(僕は生きていていいの――?)

誰もイエスと言ってはくれない気がする

それが、無条件に愛された経験がない人間が抱える欠落だった

その欠落に従うか、それとも――父親殺しという、十字架を背負う自分には許されないイエスという答えを探すために、生きるのか

スザクの心は拡散し、ばらばらになって沈み、そしてやがて、それまで、殻の中に閉じ込め、大事に守り続けていた何かが、ゆっくりと心の残骸から浮かび上がっていった




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