スザルルSS

□瓦礫幻世
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※桜でスザルル設定です






今年も近所に桜が咲いて綺麗だ。


そして時折、どこらともなく町に春の草花の香りが漂う。


毎年巡り合わせる、匂い袋のような懐かしい香り。


曇天の花冷えの天候とはうって変わって、朝から陽光輝く天気となって冬の寒さは、一日だけ、まるで世界に手加減するかのような感じで和らいでいた。




今夜は月夜だ。


翠色冷光(すいしょくれいこう)のような月が空に煌々照っていて、川面を照らしている。


スザクとルルーシュは、桜並木に沿ってゆっくり歩いていた。


川面を涼しい風が吹き、さざ波をたてていく。


「綺麗だな」


「そうだね」


振り返り、にっこり笑うルルーシュに、少し沈みがちのスザクの心が少しだけ晴れやかにふくらむ。


この島国の人々は遥かな昔からこのような経験をしてきた。


それが幾層もの桜の思い出となって記憶の水脈に眠っている。




疎(うと)ましいような安堵するような、甘い樹液みたいな日常。


いったんその粘性にからまると抜け出せず、心も麻痺して、だけど時々腹がゴロゴロするような、しかし同じ場所には留まってはいられない、ゆるくて厳しい高校生活もほんの一ヶ月前、ついに終焉を迎えた。


卒業式は成長の経過の結節点に過ぎない。


それがどうも最近の若い人々の間では存在感がありすぎる。


年寄りのように桜や別れの情感に浸りすぎる。


楽しいことだけを数珠(じゅず)のように紡(つむ)いで生きていられるはずもない。


しかし、あれほど涙を流しながら、失われる幼年期の過去を惜しむ儀式にしているのは、前向きじゃない。


若い人々に未来が見えない国だから、成長や進化の文法に拒絶感を抱き、萎縮して蛹のように幼年期の殻に閉じこもるのも無理はないが。




「春に生まれるよろこびや、にがみやなみだが桜の花を薄紅に染めてるんだと俺は考える」


生の哀しさに、度々気づく。


針は対極へも振れ、歓(よろこ)びにも気づく。


見る人の心に悦を感じさせるルルーシュのその表情は、この世の始原の光景を連想させ、崇高(サブライム)の感覚に浸っているかのよう。


「夜だけがそれを白く見せるんだ」


薄紅色の花がほころぶような笑顔。


月の光に横顔を照らされ、舞い落ちる花弁を見つめているルルーシュを見て、先程の言葉の意味を考えた。


「……何言ってるのかわからないよ。ルルーシュ」


真剣に答えを探ろうとするスザクに、ルルーシュはフッと表情を和らげる。


「よく考えてみろ。ヒントは媒介だ」


「媒介?」


スザクは、ルルーシュの言葉を口の中で反復した。


暗闇の中、花の香りが微かに漂う。


そして、ふいに天啓の如く閃(ひらめ)き、ようやく理解した。


「春に生まれるよろこびやにがみやなみだによって染められた薄紅色の桜」は、「夜」によって「白い桜」に転化する。


「夜」とは人間の情念が休止したり、浄化されたりすることのメタファーである。


ルルーシュは、桜の花の色が人間の心理の投影だという一種の“唯心論”を主張しているから、人々が寝静まって心理活動を休止した夜に、桜の花から色が抜けると考えた。


人の春めいた心が花を色づけるのと同じように、夜はまた別のやり方で今度は花から色を抜き去る。


人間の情念から醒めた桜の花の、神秘的な美しさを讃えているわけだ。













(死してなお美しいと想うものを、君の世界の中で、ほんとうに美しいものをどうか、どうか僕に触れさせてはくれないだろうか)






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