君のための嘘
□第九話
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「おい、てめぇら。 なまえに触ってんじゃねぇよ 」
その口の悪い声に、ビクッと体が反応する。
腰に来るくらい低くて色気のある声。
「いいじゃないッスか!別に なまえっちは青峰っちの彼女じゃないんだし 」
「彼女だろーがそうじゃなかろーが、俺が触んなっつったら触んな」
黄瀬くんとムッくんに挟まれている私からは青峰くんの顔は見えないが、とても低く機嫌の悪そうな声に恐怖を感じる。
「横暴ッスねー」
「峰ちんにはもう1人のマネージャーいるんだからいーでしょー?」
あ、そうだ…。
さっきまで本宮サンと居たのに。
「あいつは関係ねぇよ。いいから なまえのこと放せ」
グイッと腕を引かれ、巨体に挟まれていた所から救出される。
額にはうっすらと汗が滲んでいた。
「ありがと…」
せっかく助けてくれたのに、私はどうしても目を合わせられなくて、目と顔を伏せた。
「もー!青峰っち、欲張りッス」
「ありえないしー」
「いいからどっか行け、バァカ」
私の腕を掴んだまま2人にはそう言うと、2人はあっさり練習に戻ってしまった。
この空間、かなりツラいんですけど…。
「 なまえ、こっち向け 」
なっ、何それ!無理!
やだ!今この顔見られたら死ぬ!
無言で首を振る私に、青峰くんはイライラしている様子。
イライラされても困る。
だって私だってイライラしてるんだから。
「いいから向けって!」
無理矢理に顎を掴まれ、ぐいっと上を向かされる。
その瞬間、目に溜まっていた涙がボロッと溢れる。
ああ、情けない。
青峰くんと本宮サンの2人でいる姿を思い出して泣くなんて。
「や、だ…!放してよ!」
「放したらまた逃げんだろ、お前は!なら、ぜってぇ放さねぇ」
なんでこんなことすんの…。
こうやって構ってくるから、またどんどん好きになっちゃうんじゃん…。
「逃げて何が悪いの!?私が逃げても誰にも迷惑かけてないんだからいいでしょ!?」
「かけてんだよ!俺に!」
「意味わかんない!」
体育館の端で大声で喧嘩していれば、いくら部活中だとはいえ、みんなからの視線が集まる。
「なんで逃げてんだよ!俺の方見ろよ!いつもそうやって視線逸らして俯いて!腹立つんだよ、こっちは!」
「そんなの知らない!勝手に腹立ってればいいじゃん!私は何も悪いことしてないもん!」
こんなに感情を露にしたことはいつぶりだろう。
「どうせ部員とマネージャーじゃん!友達ってほど仲良しじゃないし、恋人でもないんだから!」
「そうゆうのが腹立つんだよ、ブス!ゴチャゴチャうっせぇ!」
「ぶっ…ブス…!?」
真正面からそんなこと言われたことなんてなくて、それも好きな人に言われ、私の心はズタズタになる。
「もうやだっ!青峰くん最低!嫌い!っ…ぅ…青峰くんなんてっ、大嫌いッ!」
涙でボヤける視界が嫌で、目を閉じながら叫べば、ぐっと何かに引っ張られる。
目を開ける暇もないくらい速く、私の唇に何かが当たる。
驚いて目を開ければ、目の前には青峰くんの顔。
すぐには状況を理解できなくて、ザワザワ騒ぎだす部員の声で我に返る。
「んっや…!やだ!」
鍛えられて固い胸板を力一杯押して一瞬唇を離すけど、またすぐに重ねられる。
どうして?
本宮サンだって見てるよ?
みんなみんな、私たちのこと見てる。
噛み付くような激しいキスに足がガクガク震えて、そんな私の腰を片手で支えられる。
苦しくて酸素が欲しくて、必死になって青峰くんを押す。
また一瞬離れたら隙を狙って息を吸えば、開いた口に舌を入れられた。
ぬるっとした感触が私の口内を動いて、びっくりして思わず青峰くんの舌をガリッと噛んでしまった。
ピクッと反応した青峰くんは、唇と舌を離して、私を抱く腕の力を少し緩めた。
もう支えなしでは立てなくて、肩で息をしながら青峰くんにしがみつく。
「お前は、俺だけ見てればいいんだよ」
私に噛まれて血の滲んだ舌で唇を舐めて、真っ直ぐ私を見つめる青峰くんに、私はまた足が震えた。