long novel ~失セモノ探シ。~

□第2話『動き出す歯車』
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幽助が幻海の元で修行を始めてから、胡春の日常は少しずつ、変わってきていた。
胡春は、寺の門の前を掃除しながら、ゆっくりと空を見上げる。

今日の朝も、賑やかだった。

「あ! おい、ばぁさん! そりゃオレの分だろーが!」

「フン。図々しくタダ飯かっくらってる奴に、主張なんざされたくないね」

その後酢豚の豚肉を盗られた幽助は、むくれていたっけ。

「こンのやろ〜っ! せっかく最後にとっといた肉を!」

「そんな大声出す元気があるなら、もっと真面目に修行せんか」

「あれ以上どーしろってんだよ!」

「そのくらい自分で考えろ、ボケ」

相変わらず、幻海と幽助はこんな感じで。

「胡春、オメーよくこんなばぁさんと、同居なんかできるな」

「む? ばぁちゃん、優しいよ」

「オメー、優しいの意味間違って覚えてんぞ! こーいうのはな、がさつっていうん…ってぇ!」

「黙って食いな」

ちょっと幽助が可哀想だったので、胡春は小皿にとっておいた肉を幽助にあげたんだ。

「あ、幽助、これあげるー」

「おぉ、やりぃ肉! サンキュー、胡春」

「この後、修行で、死なないよーに」

「縁起でもねーこと言ってんじゃねーよ!」

「あの程度でくたばるような奴は、そのままくたばったほうがいい。…いつまで食ってんだい。さっさと始めるぞ」

「ちょっと待てって! ちくしょー、やってられっかよ」

「いってらっしゃいー」

で、今に至る。
最近は、毎日こんな感じだ。

幽助が来て以来、幻海は彼の修行につきっきりになっていた。
胡春も時折その風景を見学していたが、あれは正に『鬼』だと思う。

『霊気の流れを一点に集中する!』

細い針の上に、指先で逆立ちをし、霊気で支える修行。

『そのままの格好であと十二時間!』

『できるか、んなもん!』

腕をプルプルさせながら、長時間霊気を放出し続けていた幽助はその日、死んだように倒れて眠っていた。
針山の上で。
その他にも、ある時は炎の上で座禅を組んでいたり、かと思えばある時は幻海に、霊波動で吹っ飛ばされていたり。

確かに幻海ほどの使い手を目指すなら、あのくらいやらなきゃ強くなれないのかもしれないけど。
…弟子入り志願しなくてよかった、と内心安堵してしまったのは秘密。

ただ、胡春だって妖怪の端くれ。
幽助と幻海が修行をしている間、何もしていないわけでもないんだぞ。

「イヒヒ…。ここにあの悪名高い、幻海がいるんだなァ?」

お。噂をすれば、侵入者発見。
羽の生えた子供大の妖怪が、門を飛び越え、寺に入ってきた。

「とまれー。ここ、立ち入り禁止」

「アァ? なんだ、てめェ。妖怪のくせに邪魔すんのか?」

「ん。帰れー」

言いながら胡春は箒を地面に置き、代わりに前掛けから大きめの羽ペンを取りだした。
ペン先が鋭く尖った、硝子細工のような羽。

それは、胡春愛用の武器だ。

「ぎゃはひ! 小娘が、なめんじゃねぇ! 死ねェ!」

「むぅ」

胡春の忠告を聞かずに、妖怪は飛びかかってくる。
むむ。仕方ない。

「せぃっ」

飛んできた妖怪の爪を、胡春はひらりとかわした。
そしてがら空きになった妖怪の背中めがけて、羽ペンを勢い良く凪ぐ。

刹那、片翼が裂けて、背中に皮一枚でぶら下がった。

「ぎゃあぁあぁぁ!!」

「あ、ごめん」

力加減間違えた。

うわぁ…痛そう。
自分でやっておきながら、少しだけ罪悪感に苛まれる胡春。
まあ、でも、自業自得ってことで、大目に見てくれい。

「ひぃぃぃぃ!」

それで戦意を喪失した妖怪は、負傷した片羽を引きずりながら、恐れおののいて去っていった。

「…ふー」

とまぁ、こんな感じで。
胡春は最近、家事以外に寺に侵入してくる妖怪の追っ払いをしている。

これは、幻海から言われた仕事ではない。
胡春が自ら率先してやっていることだ。

…戦うのは、正直あまり好きじゃない。
それに、以前のように幻海と一緒に居る時間が減ったのも、本当は少し淋しいんだ。

でも、これでいいんだと思う。
幻海も幽助も、何だかんだでとても充実した顔をしてる。
ちょっぴり残念だけど、幻海をあんな顔にできるのは、あとにも先にもきっと幽助だけ。

だから幻海が、幽助の修行に全力を注げるように。
幽助が少しでも、修行に専念できるように。
そのために、少しでも力になりたかった。

だから幻海が張っていた結界の代わりに、胡春が妖怪と戦うことにしたのだ。
が。

「むぅ。やっぱり、動きにくい」

身体が覚えている妖気量と、現在の妖気量にはかなり差があるらしく。
そのギャップに慣れるのが、結構難しい。
今も、あそこまで深く斬るつもりはなかったのに。

ちなみに。
何故にそんなギャップが生じているのかは、相変わらず記憶が戻らないので、謎だ。
感覚や戦い方はがっつり覚えているのに、それをどういう経緯で覚えたのかが分からないというのは、少しばかり歯痒い。

果たして、記憶はいつ戻るんだろうか。
そもそも胡春は何者か。
何のために人間界に来たのか。
分からないことが多すぎる、この状況で――。

「まぁ、いいやー」

深く考えないのが、ザ・胡春スタイル。
焦っても仕方ない。のんびりいこう。

大きく延びをして、再び胡春が箒を手にすると、道場の方から、ひときわ大きな怒号が聞こえてきた。

「この、くそババァァァっ! やってられっかぁぁぁ!!」

「ほーれ、まだそんなに力が残っとるじゃないか。マジメにやっとらん、いい証拠だよ!」

次いで聞こえる、衝突音。

「おー」

今日も派手にやってるなぁ。
幽助、大丈夫だろうか。

幻海に殴り飛ばされる幽助の姿が目に浮かぶ。
胡春は少しだけ心配になって、道場の方へと向かった。

案の定、幻海にのされた幽助が、大の字で気絶していたのは、言うまでもない。

「ばぁちゃん。幽助、生きてる?」

「胡春、いいとこに来たね。桶に水汲んできな」

「…幽助、起きろー。水が。水、バシャって…」

「いいからさっさと汲んできな。それとも、お前さん一緒に浴びとくかい?」

「……。りょうかいー」

幽助が弟子入りしてから、少しずつ、でも確実に。
胡春の生活も変わってゆく。

胡春がここに来てからの、ゆるやかな日常。
それが、幽助が来てからはどんどん活気づいて。

あの緩やかに時間が流れるような、穏やかさはどこかに消えて。

知らないうちに、半月はあっと言う間に過ぎていった。
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