& ターレス

□A SUDDEN LOVE
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今日もこの都心の夜がふける。
夕食時はとうに過ぎていたが、ターレスがバイトする駅前の少々名の知れた洋食店はまだ賑わっていた。


のんびりとした音楽が流れ、間接照明が灯る落ち着いた雰囲気の店内。味もさることながら従業員の態度も評判の良い店だった。


「いらっしゃいませ。」


深々と礼をされて、一人のスーツ姿の男が来店した。歳は三十代だろうか、逆立った金髪の目立つ目付きの鋭い人物。
片手にカバンと封筒を抱えて、一人だと低く告げ案内を受けた。

男が通った道々に視線が追い掛ける。


「怖いわ……」
「あの顔の傷、堅気じゃなさそう……」
「でも素敵ね……」


ヒソヒソとされる噂もあちこちから上がりすぎて、当人に聞こえてしまいそうだ。

席に着くとすぐ、暖かいおしぼりと食事の用意が調う。チラリとメニューを見ただけで、男は店員を呼んだ。近くにいたターレスが、お待たせ致しました と伺いに赴く。


「この店のメインのオススメを五品持ってきてくれ。」
「……五品、ですか?」


1人で食事するにはあまりにも多すぎる量だ。思わず聞き返してしまったターレスに、客の男は低く相づちを打つのみ。


「かしこまりました。それでは先にさっぱりとした魚料理からお出しして、ボリュームのあるメインへと続かせて頂きますね。」


ターレスが確認を取るために営業用スマイルで話しかけると、男はその鋭い視線で見上げる。

淡い緑色をした鋭い瞳がフッと柔らかい色を纏う。
ターレスがドキリとしながら少し首をかしげれば、男は口端を僅かに上げて低い声を返した。


「…初めての対応だ。」
「――はい?」
「気分がいい。名前は?」「あ、はい。ターレスと申します。」
「覚えておく。」


さっさと視線を持ってきた封筒内の書類に移し、話は終わったという雰囲気を放つ男にターレスは会釈をしてその場を離れた。


(……?何だったんだろう)


料理の注文をハンディに打ち込みながら、ターレスは疑問を隅に追いやり仕事に戻った。


大抵は多すぎるのではないか、と問いかけられる。
この男の食事量を知らぬ者は、まず疑いの眼差しから入り眉を寄せる――

そんな店の態度にほとほと嫌気がさしていた男は、贔屓にする店以外あまり開拓しようとは思わなかった。
しかし今日はたまたま時間帯が合わず、初めての店に入らなくてはならなくなってしまったのだった。

またあの対応を受けるのかと呆れ果てて思っていたのだが、思いがけずな好対応に男は気分を良くする。





「ありがとうございました。」


中々に美味い料理でペースも申し分なかった。
深々と礼をし入口で見送りに対応したターレスに、 また来る と伝え男は去っていった。
ターレスに温かい気持ちが生まれる。普通に接客しただけなのに、と疑問が残りながらも気に入ってもらえたならまぁ良かった…
この時はそんな風に感じただけだった。




その後も男は言葉の通り、週末に訪れるようになった。常に高級そうなスーツを着こなすが、食事時には軽くネクタイを緩め自分のペースを崩さずたいらげていく。

ターレスはそんな常連になりつつある男に何度も応対した。話す言葉は少ないが、声をかければ柔らかい翡翠の瞳を向けてくれた。

座った位置から自分を見上げてくる、その眼差しがターレスは好きだった。
綺麗な宝石のように照明が映る。仕事帰りの疲れも見せない強い色。


「今日は少し遅かったんですね?」


料理を出しながら声をかけ、その視線を期待する。

顔を上げた男は、目を細めてターレスに微笑んだ。


途端に跳ねるターレスの心臓。
初めてだった。
こんな風に笑いかけられたのは――


「よく覚えてるな、ターレス。」
「――あ、はい…」


声が上ずりうまく出なかった。かぁっと熱くなる顔を見られたくない と、ターレスは会釈をして離れた。


(――ヤバ……何でこんなに緊張してんだろ……)


早まる鼓動が止まらない。仕事仲間にまで顔の赤さを訝しがられた。

上手く回らない口で適当にあしらい、あの客への対応を他に頼む。
また顔を見たら思い出してしまいそうで、ターレスは少し怖かった。






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