小説

□崩れ行く
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結局、暴れ回った王子が疲れて寝るまで付き合っていたバーダック。あの小さな身体で踏ん反り返る姿が頬笑ましくて、いつも中々帰る踏ん切りがつかずに遅くなってしまうのだ………

例に漏れず今日も帰宅してみればもう辺りは真っ暗。玄関前に静かに着地し、セキュリティを解除して扉を開ける。騒ぎの感じられない気配に、既に皆帰ったのだなと頭を掻いて一つ息を吐いてみた。

しかし廊下の先に目を向ければ、リビングからは薄らと灯りがもれている―――
バーダックは眉を寄せ、ゆっくりと歩を進めた。


「何だ、ターレスか。アイツ等と帰んなかったのか?」


引き寄せられるように視線を向けた先で、薄暗い室内で頬杖つきながらボーっとテレビを見てる姿を見つけ、その背に声をかけた。
しかし気付いたであろうに、ターレスは振り返りもせずその姿勢のまま微動だにしない。


「帰ってた方がよかった?」
「…?……んなこた言ってねぇだろ。どうしたんだ―――」
「アンタから……プレゼント貰ってないから。催促しに残った。」


やっと振り向いたターレスの口元には、幼さの残る顔には不釣り合いな…しかしよく栄える不適な笑みが浮かんでいた。
聞き流すだけだったテレビを消し、「は?」と言いたげなバーダックを低い位置から可笑しそうに見上げる。それを受けて、バーダックも漸く思い出したように頷いて見せた。


「………くくっ。そうか。酒の席はからかうためだったな。メインを集りにきたな!」


声を出して楽しそうに笑うバーダックを、ターレスは真っ直ぐに見つめる。


「で?」
「アンタ。」
「は?」
「俺は、アンタが欲しい。」
「………」


座った身体を半分こちらに向け、先ほどとは反対に頬杖を付きニヤリと笑むその表情は実に艶やかで。未成熟ながらも長めの足を妖艶に組み、上目遣いで紡いだ言葉ははっきりとした欲を含んでいて、妖うい気配を醸し出すターレスにバーダックは目が離せなくなっていた………


しかし、一瞬フリーズした思考を気取られぬように直ぐに意味あり気に見下ろし、目線を高くから瓜二つな少年に落とす。


「……この俺をご所望たぁ随分イイご身分だな。」
「ダメ?」
「20年は早ぇよバーカ。」
「20年も待ってたらアンタジジィになっちゃうぜ?」
「ケッ。可愛くねぇガキだ…一々あげ足取りやがって。」
「そう?そりゃどうも。」


クッと笑ったターレスに、バーダックは眉を寄せて毒づいた。

打って変わった軽い物言いにどこかホッとしている自分自身にも舌打ちを漏らす……

らしくなく胸が鳴ったのが気に食わなかった。
目の前に居るのは己より遥かに若い子供。
だと言うのに、ガキと連呼してなければガキだと思えなくなってしまっている、そんな自身の中のターレスの存在に僅かの戸惑いが生じていた。

性格とプライドのせいもあり、バーダックの言葉には動揺を隠そうとしての粗暴さが冷たい形で現れる。


「フンッ…言ったはずだ。俺は教師にゃ向かねぇぜ。興味があんなら同じくれぇのガキ捕まえてヤれ!」
「……予習が必要?」
「は?」


睨み付けることで落ち着こうとしていたのが伝わらないターレスには、それは強い拒絶の台詞にしか受け取れなかった。

唇を噛みギラリと鋭角な瞳を向けながら、やっと囁くような声で問うたそれが果たして届いているのか―――
確かめる余裕もないままに、問い返すバーダックに背を向けて立ち上がったターレスは足早に窓へと向かった。


「分かった。ならそうする。じゃあなバーダック。」
「あ、おい!ターレス!?」


開け放つ前から力を蓄めて飛び上がったため、バリンッとガラスを砕きながらターレスの身体は夜空に掻き消えて行った。


ごちゃごちゃする頭に、冷静になれと言わんが如く入り込む夜風がバーダックの足を動かす。砕け散った破片をジャリジャリ踏み潰しながら、鋭く尖ったガラス越しの暗闇を仰ぎ見た。
幾色もの星が瞬く中に、母星独特の巨体な月が嘲笑う形に浮かんでいる。

一体どんな面をしてこの空に出て行ったのかと、瞼を閉じてターレスを想った。
出会ってから色々な顔を見せるようになったあの子供の、また違った表情すらも見てみたいと思ってしまう沸き上がる気持ちを、再び吹き込んだ冷たい風が思い止まらせた。


ガキ相手に冷静でいられなくなっていく自分。
適当に遊ぶには大切になり始めてしまっている相手。

『アンタが欲しい』と言ったターレスの真意をきちんと聞かなかった狼狽えっぷりに、バーダックは自身の拳を、窓枠に残っていたガラスに向かって振りかざしていた。

派手な音を響かせた其処に、咲くように飛び散る赤。

破片の中に映るぼやけた幾つもの姿が血に濡れる。その中の伝い落ちる一滴が涙しているようで、先日見たターレスの姿が甦ってきた……


(―――もう、とっくに…)


全身の力が抜けていく程の長い長い溜息を吐き切ったバーダックは、真っ暗な外に背を向けて静かにリビングを後にしていた。









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