小説

□音を立て
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バァーン


「あれ?バーダックは?」


登頂間近の太陽を背にして、突然開いた窓から若い男の声が響いた。急な訪問者に驚いて怯えてひっくり返ったのは、この家の留守居を任されていた少々気の弱い少年で…
尻餅ついたまま数歩後退り、窓枠に手を掛けた状態の相手に限界まで見開いた大きな目を向けた。


「え!?あの、王宮に、呼ば、れて…」
「なんだ、いないんだ―――ってかお前、何?誰?」


ハッとしたように訪問者の質問に答えたのだが、その後に刺さる冷たい眼差しが自身の肉親にそっくりで、少年は更に怖気付いてしまう。


「あ、あの、俺、ラディッツ…親父は…父ちゃんで、あの、俺は…」


座り込んでるラディッツの前までズカズカと詰め寄り、腕を組んだまま見下すような目線を落としての威嚇が続いた。とにかく返事をしなくてはと、本能的に、畏縮しながらも必死で言葉を紡ぐ。

ハチャメチャな返答でもその名には聞き覚えがあったので、訪問者はポンッと手を叩いた。


「あぁ、バーダックの弱い息子!」
「うぅ…」


グサッと貫通した鋭い台詞がラディッツのガラスのハートをカチ割る。
しかしそんな落胆しうなだれるラディッツ等お構いなしに、訪問者は器用に片眉を持ち上げ、訝しんだ表情が同じ位置になるようにしゃがみこんだ。


「何で王宮?よく行くの?」
「う、うん。たまに……王子が、呼ぶらしくて…」
「――――王子…ねぇ…」
「……ひぃぃっ」


ラディッツの怯える態度に気を良くしたのか、幾分か柔らかい口調で問われたのでどこかホッとした心持ちで答えることが出来た。しかし突如引き吊り上がる訪問者の口端。下級戦士にありがちながらも、この突然の凶悪な顔は父親の逆鱗に触れた時そのもので……
その時を思い出してラディッツは思わず悲鳴を上げていた。
不気味に弧を描く唇が不機嫌を表しているのだと、初対面にも関わらずひしひしと伝わってくる。

そんな恐ろしい不法侵入者を前に、意味も解らずただ守りに入るためだけに「ごめんなさい」と漏らすラディッツだったが、しかし相手はどこか遠い目をして何事か思案にくれ始めていた。


「……ふん。なら伝言頼まれて。『招くなら居ろ』ってな――――じゃあな。」


言うだけ言って、開け放ったままだった窓からひょいと身が消えていく。
途端にシン…と静まり返る室内。窓から吹き込む風の圧力で押された戸が激しく閉まり、呆けていたラディッツの全身を飛び跳ねさせた。


「え、………っと…………………だ……誰?」


バクバクと鳴る心臓を押さえて、無駄に立ち上がり尽くすラディッツが蒼白な面持ちで呟いていた―――

内側に揺れる真っ白なカーテンがふわりふわりと爽やかに舞う。掛け時計が正午の訪れを告げ、眩しい陽光は置物に反射して壁に鮮やかな色合いを映し出していた。




そんなある日のラディッツの白昼の恐怖は、帰ってきた父親に慌てて経緯と伝言を伝えた事でようやく長い緊張から解放された。

名乗りもせず去った訪問者が、勿論あのターレスであったのだろうとバーダックは感付いている。喉を鳴らして「そうか」と答えただけの父に、ラディッツは「ビックリした」や「怖かった」を連呼してまとわりついて廻ったのだが、情けないと言いたげな溜息に眉を下げた。それでも、降ってきた大きな手の平が長髪をワシワシと掻き混ぜる仕草に、次には照れたような笑顔を綻ばせるのだった。







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