紫草の野

□勿忘草
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「だけど、何で明日なんだ?」
「……何となくだ。」
「じゃあ逆に俺が明日死ぬって分かったら、鬼蜘蛛丸はどうするんだ?」
「そうだなあ。もし事前に分かってたら、回避させようとするだろうな。」
「死って回避できるもんなのか?」
「時と場合によるだろう?」
「じゃあ回避できないときはどうするんだ?」
「そしたら、俺はこの両目を潰そう。」
「は?」
「お前の顔を忘れないように、お前の顔をこの目に焼き付けてな。」
「そんなことしたら、お前の仕事に支障が出るだろうが。」
義丸は眉を潜める。
「駄目か?」
「絶対駄目だ。それなら、もし俺が死んだらお前が俺のことを覚えていてくれたらいい。」
「そんなことだけでいいのか?」
「あぁ。そしたら俺はきっとあれになって見守っててやるよ。」
そう言うと、窓から外を指差す。
何があるのかのぞきこむと、そこには勿忘草が少し咲いていた。
「あれは?」
「勿忘草だ。」
「勿忘草?」
「花言葉は“私を忘れないで”って言うんだ。」
「へえ。物知りだな。」
「まあな。だから間違ってもお前自身を傷つけないでくれよ。」
「分かった。」

そんな、やり取りをしてどちらともなしに茶を啜ると、立ち上がる。
「そろそろ見回りの時間だな。」
「気を付けてな。義丸。」
「ああ。終わったら一眠りするよ。」
「そういや、明日も見回りだっけか。」
「まあな。」
義丸が立ち去るのを鬼蜘蛛丸は少し悲しそうに見送った。
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