紫草の野

□たまぼこの
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738 玉桙の道はつねにも惑はなむ
     人を訪ふとも我かと思はむ
 
鬼蜘蛛丸の独白

陸に上がる彼を見るのが何よりも嫌いだった

あいつは俺を仲間としか見ていない。
俺の劣情には気づきもしない。

人の気も知らないであいつは陸に上がると俺の知らない人になる。

陸酔いの酷い俺に気をつかってか町に出るときは俺に声すらかけずにふらりと出ていってしまう。


義丸という男は幾つもの顔を持っている
どの顔も俺は一等好きだが、陸に上がる男の顔だけは好きになれない。


敵船を捕らえ須磨留を構えた凛々しい顔
後輩を面倒見る兄貴の顔
俺と背中合わせに戦い不敵な笑みを浮かべた顔

この男はなまじ顔かたちが優れているだけにどの顔も人を魅了する。

陸につく度に嫉妬の焔に焦がされる俺を知ったらあいつはどんな顔をするだろうか。


ああ、また陸についた
愉しそうな笑みを浮かべて何処に行く。
ああ、またその顔だ
俺の知らない男の顔
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