宵の明星、魂は輝く
□女狐の走駆
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まあ、わざわざふざけた話を私たちを呼び出してまでする人ではないから、散々十四郎と言い合った後で私は再びそこに腰を下ろした。
『――で?その退が掴んだ尻尾の先ってなんなの?』
「それは山崎に説明してもらう」
『退?』
「あの、あげはさん」
唐突に、隣から退の声が聞こえた。
『え、ジミーいたんだ。この場に』
割と本気で呟けば、監察の山崎退は見えない衝撃にぐっと胸を押えた。
「ひどいよあげはさん、最初からいたのに!」
「黙れ山崎、とっとと情報吐け。でなきゃ切腹しろ」
「なんでですか!?俺まだ何もしてないんですけど!
……あ、ええとですね。その分割されたチームでも割と下っ端っぽい奴がボロ出したものなんですけどね。
今度港付近で行われるお祭りに乗じて、その……奴隷の大量入荷があるらしいんです」
奴隷、と言うのを躊躇うのは退らしいと思った。
退だけではない。真選組のみんなは優しいのだ。
人斬り集団なんて呼ばれているけれど、ちゃんと、不器用な優しさを持っている。
「それなら本体叩いちまった方が都合がいいんじゃねぇですかィ、土方さん」
「そうだな……今までアシひとつ残さなかった奴らだ、
奴隷売買をしているという確実な証拠がなけりゃ“周り”も納得しないだろうな」
『となると、私は必要不可欠になるね』
暗殺部隊。
とはいえ、それに所属しているのは私一人だ。
真選組入隊時、私は“ある理由”から近藤さんに、私だけが所属する、ただそれだけの部隊をつくってくれと頼んだ。
それが真選組暗殺部隊。
物騒な名前だが、実際は戦闘時に先陣を切って戦ったり奇襲などを担当している。
これは、あえて物騒な名前にする必要があったのだ。
理由を知る者は兄と父親、近藤さんと銀時くらいだが。
「でも祭りって、いつやるんでィ」
「丁度一週間後です」
『ジミーの分際で情報通じゃん。私神社の祭りしか興味なかった』
――だって海の近くって潮のにおいがキツイし。
心の中でそう付け足すと、私は首に巻いた赤い襟巻を口元まで引きあげる。
大きな鈴が、カロンと音をたてた。
「そういえばお前、ソレいつもしてるよな。暑くねーのか?」
ソレというのは勿論襟巻のこと。
『……暑くないし』
ただ一言そういって、私は口をつぐんだ。
十四郎は少し変な表情をしたけど、すぐに近藤さんの方を向いた。
確かに唯でさえこの黒い隊服は太陽光を吸収して熱をもつ。
夏はさぞかし地獄だろうに。
((私が入隊したの、去年の冬の初めだし))
その頃はさして注目はされなかったが、今は五月中旬。
もうすぐ夏を迎えるとなると、自然と目立ってしまうだろう。
それでも外すわけにはいかない≠フだ。
「……だが情報が足りないな。もうちっと奴らのことを知る必要がありそうだ」
「それなら俺がやりますよ。監察としての腕が試されるような件なんで」
「オイザキ、奴らの居場所も見つけな。俺が乗りこんで壊滅させてやりまさァ」
『え、総悟だけズルい。私もそっち行こうかな。十四郎、一人で頑張れ』
「なっ、お前!」
「はっはっは、総悟とあげはは仲がいいなあ!」
大口を開けて笑う近藤さん。
バナナ欲しいのかな?
「あげはちゃーん、聞こえてるんですけどー?」
そうして。
――コトリ
私の過去が、ほんの少しだけ
音を
たてていた。
→あとがき