宵の明星、魂は輝く

□女狐の走駆
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「四季様!」

勢いのままに書室の障子を引き、畳の上に座する当主の横に跪く。

「……静かにしなさい」

「失礼いたしました」

優しいが底知れない鳶色の瞳が一度だけ侍女の方を向き、再び書類に戻される。

咎められたことに素直に謝罪し、侍女はまだ息も荒く口を開いた。

「あくまで噂とのことですが、一応お耳に」

「うん」

「あげは様が、つい数日前に京のはずれでお仕事をなさっていたのだとか……」

「あげはが?」

筆を止め、じっと侍女を真正面から見つめる。

普段は、落ち着き払った態度が不動山という呼び名をつくるほどに静かな人物なのだが、
こと娘のこととなると人が変わる。

目じりがふにゃりと緩み、口角が自然と上がった。


「江戸で警察をやっているからな、あちらこちらでそういう話があってもおかしくはないだろう。それだけ活躍しているということだ」

「喜ばしいことですね」

「うむ、喜ばしい。非常に喜ばしいのだが――」


ゆっくりと腕を組み、カッと両目に閃光を散らせて、





「あの子から未だ一通も手紙が来ないのはどういうことだ!?」








「下の者もお手紙を預かっているような話は聞きません」

「可愛い可愛い娘が天人の跋扈する江戸で!しかも男ばかりの大所帯で!一人で頑張っているというのに私は何をやっているんだ!?」

「四季様、落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるか!息子たちには警察で働いているとしか伝えていない。男所帯だと知れば間違いなくあいつらは暴走するからな」

「ですが隠し通せるものではありません。わたくし、つい二日前に夏季様からあげは様のご様子を問われまして、咄嗟に元気だなどと芸のない答えを……!」

「そろそろあいつらも不審がっているだろうな。せめて一通でも手紙が届けば、無事を確認して大人しく収まろうが」





次期当主候補の四男は、全員母親が違う。

現当主の美濃四季が側室として選んだ四人の女から、それぞれ別々に生まれたのだ。

そのためか、確実な血の繋がりに固執を見せない。
四季が家族だと言いきれば、家族なのだ。

五年前、唐突にこの屋敷に現れたあげはのことも、養女として迎え入れた筈が四季の言葉ひとつで本物の家族よりも強固な絆で結ばれた。

そんな彼女のことを、四男たちはひどく溺愛している。
もしも男が近付こうものならば、徹底的に調べ上げて、相応しいか否かを決める。
その基準は0.1%を求めるがごとく高々と設定され、つまるところ誰にも渡す気がないのだ。

セクハラやストーカーは勿論、彼女に言い寄る男共は問答無用で斬り捨てる――勢いで排除する。
以前縁談が持ち込まれた来た時など、それはもう相手が再起不能になるまで精神的に追い詰めて、
二度と顔を見せる気を失わせた。

そんな彼らが、妹が“男所帯の警察”で働いていると知ったら、組織そのものを潰しかねない。

大事件だ。

それを防ごうとした結果、四季はあくまで“警察”で働いているのだとしか伝えていない。

もしこんな話をしている最中に四男のうち誰が書室に入ってきたら、それはそれは大変なことになるだろう。

「とにかく、あげはが男所帯で働いているというのは極秘の方向で頼む」

「はい、わかりまし――」






スパアアアアアアアアン!!










なんの前触れもなく、障子戸が引かれた。



「父上、一体、それは、どういう、ことなんですか……?」








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