宵の明星、魂は輝く

□鬼の迷走
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分からない。
いや、何が分からないって分からねぇからどうしようもないというか、
結局よく分からないから放置してるというか……逆に分からねぇモンを放置してると気になってくるというか。

――何言ってんだ俺。



手にしたペン先で書類の端をつつきながら、
土方は眉間に盛大な皺を寄せて唸った。

思い出すのは先日の、土方による土方だけの
土方が自分の中で巻き起こした伝言ゲーム小事件。
今思えば、変にあたふたどぎまぎしていた自分が心底おかしい。
なぜなら相手はあの、美濃あげはだ。
彼女がワケあり入隊≠オてきた当時ならまだしも、それからすでに八ヶ月。
新選組内でのあげはの位置づけは安定したし、
それは土方の中でも然り、である。


妹。


所構わずバズーカをぶっ放す沖田と同じくらい……もしくは
それ以上に危なっかしく目の離せない、やんちゃが過ぎた妹だ。
最近はそれなりに土方の指示を仰ぐようになってきたが、入隊当初は
斬り込み隊よりも先に敵陣に突っ込んで行ったり、独りで小部隊ひとつ壊滅させてきたりなどはよくあることだった。

おそらく、彼女がここに来て一番学んだことは協調性のはずだ。




「うわ、やべっ……」

無意識でペンを突き続けた結果、
気付いた時には書類にものすごく濃い黒点が出来ていた。

「……」

とは、言っても、だ。

――鈍い鈍いって、いくらなんでも鈍すぎじゃねぇか?

万事屋いわく、
『突然ちゅーしても恋愛心拍数があがらない』
らしい。
それはつまり、世間一般の女子がする照れ赤面や
過剰反応といったものがないということだろう。



「………………女としてどうなんだ?それは」

もちろん良し悪しを言うわけではない。
が、そうなると万が一の時にあらぬ誤解が生じ、
場合によっては大ごとに発展する危険性がある。

なぜこうも危なっかしいのか。
滅多なことで目が離せなくなるではないか。

確かにあげはは狂人的な肉体の持ち主だが、
あれでも一応大家の当主候補。
へたに傷をつけていいはずがないのに、
しょっちゅう無茶をするからなかなか落ち着けない。
戦闘時も、あげはのルールなのだろうか敵を取り逃がすことを一切しない。
そのため、片っ端から殴り倒していくという大変一方的なやり合いになるのだ。



「……そういえばこの間は珍しく取り逃がしてたな、あいつ」

同時に、何かに怯えていた――。


何かって、何に……?
あの自信の塊が、何を恐れているってんンだ。



――知らない。
自分は、知っているようで何も知らない。



その事実がどことなく不満で、土方は思いつく限りであげはのことを考えてみた。

さすが次期当主候補というだけあって、礼儀作法や
ふとした瞬間のさりげな動作には気品がある。
だが、その見た目に反して口が悪く暴力的で、実年齢よりも
子供っぽい挙動を見せることもよくあることだ。

ガサツかと思いきや妙な所で几帳面だし、レベルの高い俺様でもある。
意地っ張りで、負けず嫌い。



「……」


以前山崎が、「こんなに掴みにくい人はあげはさんが
初めてです」と零していたのを思い出したのだが、全くその通りである。

読めない、の一言に尽きた。


ただ一つだけ確かなのは、彼女が自分たちに
何か大きなことを隠しているということ。
この間ためしに、何かあったら言えと言ってみたが
やんわり、しかしハッキリと拒絶された。



――信用されてねーってのか?

腹の底が、煮えた気がした。
真選組隊士――仲間としても、妹的存在としても、
土方はあげはのことをそれなりに信頼している。
だが、彼女は自分たちとの間に固い一線を引いているのだ。
昔馴染みとはいえ万事屋の方を信頼し、頼っているような気がして腹立たしい。


「……ッ」

がしがしと頭を掻き、すぐさま煙草に火をつけて深く深く煙を吸い込んむ。
ぐるぐるする脳内が鬱陶しくて、
気を紛らわせることに全神経を集中させる勢いだ


気ままに空を踊る紫煙を見つめ、ふーっと細く長い吐息を吐き出す。


答えが見つからないことがこんなにも苛立つものとは――。





「…………なんでこんなこと考えてんの?俺……」




最上級に呆れて途方に暮れたような、弱々しい呟きが、室内に響いたのであった。



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