宵の明星、魂は輝く

□女狐の走駆
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『じゃじゃーん!!』

スパーンと勢いよく十四郎の部屋の襖を引き放つ。

「仕事しろ」

『ちょ、痛い痛い痛い!』

頭部を握りつぶされそうになり、私はノーノーと必死にアピールをする。

「おーまーえーはー!いつになったら俺の書く報告書の枚数を減らしてくれるんだ!?」

『沢山字の練習ができていいじゃないか!』

「そうかそうか、明日からすべての書類をお前にまわしてやる」

『すべてトイレットペーパー代わりにしてやるよ』

へっと笑ってやれば、十四郎は相手にするのも面倒臭くなったのか、私の頭から手を放して書類の山と向き合う。

『……』

「……」

『……』

「……」

じーーーーーーーーーーーっ。



「うっとおしい!」

『ふげらっ!』

後頭部を掴まれ畳に思いっきり沈められる。
あ、畳に穴空いた。

「用がないなら帰れ!」

『チッ、しょうがない』

実際ただの暇つぶしで来ただけで、用件なんぞありはしない。
私は盛大に舌打ちすると、十四郎の部屋を出ようとした。

「トシ!仕事が入ったぞ!!」

ゴリラがそれを遮った。

「お、ちょうどいい。あげは」

『逃げそびれた……』

ぐすんと涙ぐんでみたが、なんの反応もないため諦めて姿勢を直して座った。




「……で、どんな仕事なんだ?」

「そう構えるな、物騒な依頼じゃない。いいとこの坊ちゃんの護衛さ」

『護衛?狙われてんの?』

「いやだから物騒じゃないんだって。帰郷するのに心配だから護衛が欲しいそうだ」

「帰郷?家の護衛隊が付いてるんじゃないのか」

訝しげに問う十四郎に、私も同意を示す。

「先日依頼人と直接会ったんだがな、とんでもない親バカだった」

「『あー……』」

私と十四郎は同時に額を片手で覆って俯いた。
そうかそうか、親バカとくるか。
そうなるとガキの方も“クソ”がつくガキだろう。

『どこまで行くの?』

「京のはずれだな。京って言っても、ほとんど田舎らしい」

『京……』

私は思わず声を引っかからせた。
だって京って――。

「京って確か、お前の実家が――」

十四郎はちらりと私の方を見ながら、煙草に火をつけて紫煙を燻らせる。

そう、こいつの言う通り、私の実家は京にある。
地方に分家がいくつかあるが、私の実家は京に腰を据える本家。
と言っても本家の人間誰一人として、私と血のつながる人はいない。



――養子、だからだ。




『そ、実家ある』

「……仕事終わりにでも顔出してみるか?暇ならやれるぞ――って、あげは?」


――なん、だと……!?
十四郎には悪いが、実家に顔を出すという行為は私にとって大変危険極まりない。
なぜかは、まだ秘密だけど。

とにかく私は、実家――美濃本家の人間に顔を見られることを避けるため、引き攣った笑顔を浮かべながら手をパタパタと振った。

『え、何?ニコチンマヨラー野郎が暇出してくれんの?やだよう裏に何があるか分かったもんじゃない。仕事終わったら即帰って寝る!』

「あげはちゃーん?汗が滝のように流れてるんだけど」

『黙れゴリラ』

「ひどォ!!?え、なに俺なんかしたァア!?」

『ウルサイな。ナイアガラを人の手で創り上げることによって新境地に足を踏み入れようとしてんだよ邪魔すんな』

「どんな世界だよ!?あるわけないだろそんな頭の悪そうな境地!」

『いやそれがあるんだよ大串君。人は皆、自力でナイアガラを創り出すことで真に人間のあるべき姿を学ぶんだよ』

「したり顔で解説してんじゃねーよ。それと俺は大串君じゃねェ!!」

『とにかく!!仕事、いいとこのぼんぼんを送迎すればいいんでしょ?京のはずれの田舎まで!』

どことなく鬼気迫った表情の私に、近藤局長はこくこくと頷く。
よし、はずれで田舎なら絶対に会うことはないだろう。

『……でもただの護衛でしょ。なんで十四郎も行くことになってんの』

思わず眉根を寄せれば、局長はため息交じりに呟いた。

「親バカ、だからなァ……」




そりゃそうだ。



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