宵の明星、魂は輝く

□女狐の走駆
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「お帰りなさい、ご主人様!」

ああ、この反吐が出るような台詞はもう聞き飽きました。
この美濃あげはが下手にでなくてはならないなんて――とまではいかないが、
反吐が出ることには変わりはない。
一体どんな間違いがあったのか、私はメイド喫茶でメイドをやらされている。
仕事だから仕方ないが、もともとこういう可愛い恰好が似合わない私にとって、苦痛以外の何物でもない。
事の発端は、一人の女が真選組の屯所に駆け込んできたことだった。

――助けてください!!

切羽詰まった表情の女を一体誰が放置できよう。
事情を聞けば、ストーカー被害にあっているのだという。
最近になってより凶悪化し、仕事場にまでついてこられるそうだ。
仕事を辞めるわけにはいかないのかと訊けば、病床に臥せった父親と幼い妹を養わなければならず、そういうことは間違ってでもできないらしい。
同じ女として、私は自ら護衛を買って出た。
と言っても、生まれてこの方ストーカー被害にあったことがないので、
その気持ち悪さというものがどうも理解できなかった。

そして、現在に至る。
彼女の職業がまさかメイドだなんて思ってもみなかったため、私の気分は晴れない。

『うう、知ってたら山崎に押し付けたのに』

そうぼやいて、私は恨めし気に店の奥のテーブル席を睨んだ。

(がんばれ)

応援するというよりこの状況を愉しんでいると思われる十四郎が、ぐっと親指を立てる。
その向かいに座った栗色の髪のサディスティック美少年、沖田総悟がにやにやと嗜虐的な笑みを浮かべていた。

((あんの野郎ーーー!!))

煮えくり返る腹の底に何とか蓋をして、私はお呼びのかかったテーブルへと向かう。
視界の端には常に依頼人の女性がいるように、移動は最低限にとどめる。

『……お待たせしました、あげはですぅ』



ああもう本当に、最悪だ。


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