宵の明星、魂は輝く

□女狐の走駆
1ページ/3ページ


カツーン……と、コンクリートの破片を蹴り飛ばす音が響いた。

夜。
港近くの廃工場で麻薬の取引が行われて
いるとの情報が入り、現在その場所を歩き回っている。

「なんもねえな……」

言葉と共に煙草の煙を吐き出した男は、
自身の髪を苛立たしげに掴んだ。
江戸の治安を守る武装警察真選組。
彼はその真選組の副長を務める土方十四郎だ。

十四郎は短くなった煙草を地面に落として
踏みつけると、懐から新しいものを取り出して
火をつけた。

周りの迷惑を省みないその行動に、鉄拳を
お見舞いする。

――ゴスッ。

「っっっってえぇ!」

後頭部に受けた衝撃のまま前のめりになる
十四郎は、幾分恨みのこもった表情で私を
睨んだ。

「何しやがるテメェ」

『こっちの台詞だよニコチンが。何が楽しくて副流煙吸わされなきゃなんないんだよ。肺どころか心まで真っ黒になるわ』

「お前の場合全てが真っ黒だろうが。暗に綺麗ですアピールしたって無ぶっほァ!」

『ごめん手が滑った。でも十四郎、黒を馬鹿にしちゃいけないよ。どんなに黒くても裏を返せば白になる。つまり黒は白になれる最強の武器なんだから!』

「さりげなく自分を正当化してんじゃねえよ!」

『は?何言ってんの、私は正当だから。不当なのは他の奴らだから』

「目ェかっ開いて寝てんのか?お前。寝言まで言えるとは流石だな」

『うわー、瞳孔閉じれない奴が人の正常な睡眠ひがんでるよ。ぷふー』

「え、ちょ、斬っていい?斬ってもいい!?」

はたから見たら仕事中とは思えない会話を繰り広げながら、
私と十四郎は廃工場の一階の廊下を歩く。
さっきからそうやってぐるぐる歩いているのに、
一向に麻薬取引現場が見つからない。
というか、静まりかえっていてそんな気配すらない。

「本当にここで合ってんのか?」
『……さあ』

どう考えてもそう答えるしかなさそうだった。



.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ