宵の明星、魂は輝く
□女狐の走駆
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カツーン……と、コンクリートの破片を蹴り飛ばす音が響いた。
夜。
港近くの廃工場で麻薬の取引が行われて
いるとの情報が入り、現在その場所を歩き回っている。
「なんもねえな……」
言葉と共に煙草の煙を吐き出した男は、
自身の髪を苛立たしげに掴んだ。
江戸の治安を守る武装警察真選組。
彼はその真選組の副長を務める土方十四郎だ。
十四郎は短くなった煙草を地面に落として
踏みつけると、懐から新しいものを取り出して
火をつけた。
周りの迷惑を省みないその行動に、鉄拳を
お見舞いする。
――ゴスッ。
「っっっってえぇ!」
後頭部に受けた衝撃のまま前のめりになる
十四郎は、幾分恨みのこもった表情で私を
睨んだ。
「何しやがるテメェ」
『こっちの台詞だよニコチンが。何が楽しくて副流煙吸わされなきゃなんないんだよ。肺どころか心まで真っ黒になるわ』
「お前の場合全てが真っ黒だろうが。暗に綺麗ですアピールしたって無ぶっほァ!」
『ごめん手が滑った。でも十四郎、黒を馬鹿にしちゃいけないよ。どんなに黒くても裏を返せば白になる。つまり黒は白になれる最強の武器なんだから!』
「さりげなく自分を正当化してんじゃねえよ!」
『は?何言ってんの、私は正当だから。不当なのは他の奴らだから』
「目ェかっ開いて寝てんのか?お前。寝言まで言えるとは流石だな」
『うわー、瞳孔閉じれない奴が人の正常な睡眠ひがんでるよ。ぷふー』
「え、ちょ、斬っていい?斬ってもいい!?」
はたから見たら仕事中とは思えない会話を繰り広げながら、
私と十四郎は廃工場の一階の廊下を歩く。
さっきからそうやってぐるぐる歩いているのに、
一向に麻薬取引現場が見つからない。
というか、静まりかえっていてそんな気配すらない。
「本当にここで合ってんのか?」
『……さあ』
どう考えてもそう答えるしかなさそうだった。
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