宵の明星、蜂は飛ぶ
□夜想譚
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パカスカパカスカと進む馬車に合わせて、クレンはノアを走らせていた。
ジギーのように速達専用とまではいかないが、相棒が馬ということで急ぎの配達を請け負うことはよくある。
ノアの脚力はクレンにとって胸を張って自慢できるものの一つだ。
「いいなぁ〜!!ラグ!!」
隣を走る馬車の手綱を握っていたコナーが、後ろに乗ったラグに向かって声を上げる。
「副館長の回復心弾を撃ってもらえるなんて滅多にないんだよ!!いいなあぁ〜〜!!」
「うん、何かすごく癒された感じ……体もすっかり軽いよ!」
「いいなあぁ〜〜〜!!!ぼく一回もないよ〜ッ!!」
「ゴーシュが言っていたように、心弾の使い方って様々なんだね」
「しるか!!!」
そしてまたいいなぁと叫ぶコナー。
『アリアの回復心弾かぁ……懐かしいな!』
「ええ、クレンも撃ってもらったことがあるの!?いいなぁ〜!」
『コナー、さっきからそれしか言ってない』
あははと笑えば、下から突き上げてきた衝撃に舌を噛みそうになった。
『ラグ、ルートの確認は?』
「あ、はいっ。サンダーランド博士から預かった“手紙”の配達先は、ユウサリ北西部の町ハニー・ウォーターズ!!
鎧虫出現の心配はあまりなさそうですけど、問題はやっぱり宛先ですよね……」
そう、“精霊になれなかった者”。
『ハニー・ウォーターズは五年近く配達ルートから外れてるからね。
反政府派が多い町だから気を付けて行こっか』
「はい!ありがとうございます!」
もはや公認の折り目正しさに、クレンはニッコリと笑った。
「よかった……今回はコナーとクレンさんが一緒だから心強いよ……!」
『いや〜そう言ってくれると照れちゃうね!』
「レンタル馬車のリンは気にしないでいいよう!!
ラグッチョ!!」
「ラグッチョ!?」
「このコナー・クルフにまかせたまえい!!」
後輩の言葉が嬉しいのか、急に太っ腹になるコナー。
しかし、すぐ後の「でもザジも一緒ならもっと心強かったのになー」という言葉に撃沈することとなった。
『ザジはねー、鎧虫戦の時はすんごい集中するけど、配達の方は評価低いんだよ』
「え、そうなんですか?どうして……」
『んー……詳しいことはよく知らないんだけど、小さいときに両親が鎧虫に襲われて亡くなったらしいよ』
「!!」
「ザジはね、その鎧虫に復讐するためにBEEになったんだって。
だから仕事の優先順位は配達そのものより鎧虫殲滅なんだと思う」
『ま。その敵を見つけて倒すまで、あいつにはヘッド・ビーの称号すら無意味だと思うよ』
パカスカパカスカ、馬車はひたすらに進んで行く。
「ねぇ……コナー、鎧虫はどうやって人を……?」
「ぼくもその瞬間はまだ見たことがないけど、なんでも“こころ”を食われるって話だよ。
“こころ”を食われた人は話すことも食べることもできず、衰弱して死んでしまうんだって」
経験上、クレンは何度かその場面に出くわしたことがあるが、気分のいいものではない。
一度意識のない両親にすがる小さな子供を見たとき、胸を鷲掴みにされたような怒りを抱いたことがある。
その時の光景を思い出して、クレンはノアの首筋に鼻を寄せた。
「ラグ、いつか三人で組めたらいいよな。それで……ザジの敵、ぼくらも倒すの手伝おう」
「うん……」
『うわひど!私は抜き!?』
「だってクレン、自由奔放過ぎて……気付いたらいなくなってるとかあるだろう?」
『ひ、否定できないのが悔しい』
「あの!でもぼく、一度クレンさんと組んで仕事やってみたいです」
『本当!?じゃあ今度一緒にいこっか!』
「あんまりお勧めはしないよ、ラグッチョ君……」
弾けた笑い声が、明けることのない夜空に舞いあがって行った。
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