宵の明星、蜂は飛ぶ
□夜想譚
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『紡ぎだす音色は記憶の欠片――乱れ咲け、禍花!』
明けることのない夜空の下を、カッポカッポと黒馬が進む。
その背に力なく――否、脱力して口から魂をチラつかせるクレンがいた。
『うぅ〜……最近遠いトコばっか』
ノアの足の速さと強靭な四肢を買ってくれるのは嬉しいが、時たま速達を課せられることもある。
しかも、よりによって遠い所へ。
『まーったく、人使い荒いんだから』
ユウサリ中央の街灯りが目に染みて、クレンは思わず目蓋を手の甲で擦った。
シナーズの作るパンのいい匂いが漂ってきて、腹の虫を暴れさせる。
『帰ったらまずシルベットの家に行こうか、ノア』
ノアはまるで返事をするように、小さく鼻を鳴らした。
「シルベットの家の前に、まず行くべきところがあるんじゃないのか?」
ガッ、と靴が路面を叩く音と共に、ツーンと厭な臭いが鼻に届いた。
『……げ』
「げ、じゃない」
『はいはいはいはい!分かりました!』
「お前な……」
『そんなことより、また死骸拾ってきたの?』
サンダーランドの背負った大きな袋を指さし、クレンは鼻をつまんで身を乗り出す。
「渡りネズミ鳥の死骸だ。調べる必要があると思ってな。
丁度いい、これからハチノスへ帰るんだろう?そのまま私の研究室へついてこい」
強制連行パターンその一だ!
首根っこを掴まれてずるずる引きずられる前に逃げ――いや、逃げたらなんかヤバそうな気がする。
どうする、あたし!
『……食べ物、くれるなら』
ぐぎゅぐぎゅと唸る腹を押えて、クレンは何とも情けない折れ方を披露したのだった。
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