宵の明星、蜂は飛ぶ
□夜想譚
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消毒液のニオイがする。
鼻腔でニオイを判断できるということは、心が生きている証拠だ。
クレンは胸いっぱいに空気を吸い込むと、誰にも解らないほど小さく小さく顔を歪めた。
高い天井を眺めていると、視界が急に陰る。
「……まったく、お前は無茶しかできないのか?」
溜息と共に吐き出された呆れ混じりの言葉に、クレンは困ったように笑った。
『極力心弾は撃たないようにしてるよ』
「ほう、ならなぜこまめに検診に来ないんだ」
『うっ……』
痛い所を突かれてしまった。
「お前の心弾は他の奴らとは違う。それをちゃんと理解しているのか?」
死骸博士ことDr.サンダーランドJr.博士は、眉間に皺を寄せてクレンの額を小突く。
「込めているのが“記憶”だということにもっと自覚を持て。取り返しのつかないことになるぞ」
『わかってるってばー!』
むきになって言い返せば、後頭部をはたかれる。
「集荷先の鎧虫戦で血を吐いて帰ってくる奴がよく言うな」
運のいいことに無人の医務室でクレンは適当に選んだベッドの上で座り、サンダーランドが薬を処方していくのを目で追う。
『わかってる、わかってるから……』
「いいか、仕事が終わったらなるべく来い。体に少しでも異変を感じたら必ず報せろ。絶対に隠すなよ」
有無を言わさぬ口調でクレンに釘を刺したサンダーランドは、処方薬を紙袋に入れて手渡した。
「発作が酷くなったら呑め。少しは楽になる」
『……ありがとう』
心の奥底がツンと痛み、目頭の水分が増すのを感じる。
なんだかんだ言って世話を焼いてくれる。
ゴーシュの次に優しい人だ。
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