宵の明星、蜂は飛ぶ

□夜想譚
1ページ/2ページ



ここは夜が明けることのないAGという名の国。
首都アカツキだけを照らすために存在する人工太陽は、国の外側へ向かうに
つれてその明るさを失い、ユウサリ地方では黄昏のように、
ヨダカ地方では月のように、首都を囲む世界を儚く照らしている――。



ヨダカ地方東部に位置する険しい岩山を、
軽やかに駆け抜ける黒い姿があった。
すらりと引き締まった肢体を駆使して岩から
岩へと蹄鉄を踏み鳴らす黒馬だ。

『ノア、上からまわりこんで!!』

その背中で、精悍そうな少女の声が飛ぶ。
黒馬は応えるようにひとついななくと、
狭い足場を感じさせないような速さで岩山を
駆け上がって行く。

その遥か後方で、突如轟音が響き渡った。

――ギュイイイイイン!

金属同士を擦り合わせたかのような不愉快な音。
破砕されて土煙の立つその場所から、巨大な
黒い塊が飛び出してくる。
鉄のような甲殻に覆われたそれは、心を
食らう生き物――鎧虫だ。

『ハッ、ノアの脚についてこれるわけ
ないじゃない――ノア!』

馬鹿にした、と言ってもそれは、子供が
競争で勝ったような無邪気な声だ。

『迎え撃つよ!!』

そういって、少女は黒馬の背中から身を乗り
出した。
二つに分けられ、輪っかのように結ばれた
金色の髪が風にあおられる。
きゅっと引かれた唇が、不敵な弧を描く。
黒馬は主人の号令に忠実に従い、失速した。

『よっと、』

トッ、と岩肌の上に降り立ったのは、
国家公務郵便配達員、通称BEEの青い制服を
身にまとった小柄な少女。
岩山を削りながら向かってくる鎧虫を
真っ向から見据えると、ほんの僅かに
哀しそうな表情を見せた。

『空っぽなこころ、私が満たしてあげる』

ポツリとそう零すと、少女は腰に携えてあった
銀色に輝くフルートを抜いて、そっと口にあてた。



.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ