宵の明星、蜂は飛ぶ

□夜想譚
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「ザ……ザジーーー!!!」


予想していなかった救世主の姿に、ラグが歓声をあげる。
ザジは猫のように軽やかな動きで、ラグを捕まえていた男の顎に飛び蹴りをくらわせた。

「!! このガキ……!!」

「ザジ!! 危ない……!!」

解放されたラグが、すぐさま声を発する。
着地の一瞬を狙って、別の男がザジに襲い掛かろうとしていた。
しかしザジは間髪入れず、牽制するように心弾銃を突きつけた。
男の足がぴたりと止まる。

「郵便配達は国家公務ですから……!!
 あなた方がBEEの配達を妨害する場合、鎧虫同様に排除することになります……!!」

「なにを……」

「うるせえ!!!」

「!?」

鞭の如く鋭い一声。

「調子こいてんじゃねえぞてめえら!!
 そこのBEEほどオレは甘くないぜ……!!」

揺らがぬ銃口。
男はもう、一言も発せないようだった。


――ドオオッ

直後、轟音と地鳴りを引き連れて、シールドが地中へと姿を消す。

「シールドがまた地中に……ありがとうヴァシュカ」

ザジの相棒に助けられたコナーが、お礼を言いつつ立ち上がる。
ラグもザジの下へ駆け寄った。

「ザジ……!!」

「配達帰りによってみりゃこれだもんなー!! ほんとに頼りないからさ、お前らって!!」

『ちょっとちょっと!それって私も含まれてるの!?
ほらーラグだってむくれてるよー!』

からかうザジの後ろから、クレンは抗議した。
実際、ラグの頬は見事に膨れている。

『せっかくかっこよかったのに、ざーんねん!』

「はあ?ここは先輩のお前が大活躍するべきだろーが。
それなのに防戦一方かよ、情けねえ」

制服に付いた埃を払っているところにザジの手が伸びてきて、クレンの鼻先に付いた汚れを乱暴に拭う。

『ふごっ、いだだ!』

「やっぱオレがいないと…………!?」

けらけら笑っていたザジの表情が、ぐっと固まる。
視線の先には袋に詰められた大量の手紙。
それと、ぺたりと座り込んだ一人の少女の姿。
シールドが出現したときにラグと一緒に地下から飛び出てきた、謎の少女だ。

「ラグ、あれ全部テガミか……!? あいつらは……」

「うん……この町で配達を拒否していたのは一部の人たちだったんだ……!
 アンの父さんは住人のテガミを町から運び出そうとして、あの鎧虫に……」

言葉の先を想像してか、ザジの目が僅かに細められる。

「こころを……食べられてしまった……」

空虚な風音がクレンたちの間を縫って吹き過ぎる。
アンをじっと見つめたザジのこころは……。

((歯痒さも苦しみも、ザジは全部分かってる……))

静かな双眸を駆け巡った一瞬の感情を、クレンは見逃さない。

「……ザジ」

「シールドは……」

薬莢を込めながら、ザジは口を開く。

「弱点のケツを地中から出さずに攻撃してくる鎧虫だ……。けっこー手強いぜ。
 ヴァシュカ地中での動きを察知するから、コナーは黄爆で追い込んで地上に出してくれ。オレが青棘で動きを止める」

淡々と役割を振り分けるザジに、クレンは自然と口元に笑みが浮かぶのを感じた。

これだ。

ザジの中に渦巻く闘志。
普段は鳴りを潜めていても、鎧虫戦では鎌首をもたげる強い“こころ”。

『援護は私に任せて。キミたちの背中は全部フォローする』

「頼んだぜ。
そんでそのスキにラグ……!!お前はスキマに思いっきり赤針を響かせろ!!」

そうだ、強く。
心優しき君の心弾。
クレンはすっと目を閉じた。

「――あの娘の分まで、響かせろ……!!!」

「……!!!」

ラグの顔が引き締まる。
ぴりりと心地よい空気。
力強く、ただ真っ直ぐに胸を打つ衝撃。

皆の“こころ”がひとつになった。



「いくぜ!!!」

「うん!!」

「オーライ!!」


地を蹴る音に、クレンは目蓋を開いた。






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