星矢(Maine novel)
□First Ignition
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チラリと女を見やると、満悦に微笑む女と目が合った。
「…割り合い、真っ当な大人なのだな。」
「え。それって私の事です?」
俺の言葉に、女は軽く頬を引くつかせた。
「初対面の男を殺人鬼と言い、変態と罵り、あまつさえ俺に興味が無い人間が、真っ当な大人に思えるか?」
「興味がないのは関係ないのではないかしら…。」
「ん?」
「いいえ。
真っ当な大人ですよ。こう見えても教育者の端くれです。ちゃんと国家資格を持っていますから。」
「いや、別にそこは疑問に思っていないが…」
教諭であろうと医者であろうと、例え弁護士であろうとも、国家資格保有者で阿呆な奴は沢山いる。
要は―――
「いけない事はいけないって、きちんと教えなければいけません。」
―――そういう事だ。
昨今、それが出来ない大人がかなり多い。
自己愛が異常に深く、無駄に高いだけのプライドを振りかざし、人として大切な感情を欠落させた不出来な大人が多くなった気がする。
以前の俺がそうだったように。
教育には愛情が不可欠だ。
この女の女児への愛は、なかなか賞賛できるものであると俺は思う。
「それでは、本当にありがとうございました。」
仕切り直しと言わんばかりに、女はニッコリと微笑んだ。
美女の愛想笑いは無論美しいが、顔の全面に他人行儀と書かれているようで、俺はあまり好きではない。
「ああ。礼を言われる程でもない。」
「ほら、ユイちゃんもお兄さんにバイバイなさい?」
女は女児の後ろ頭にそっと触れ、別れの挨拶を促す。
「……。」
女児は不満そうに、ぷぅっと子リスのように頬を膨らませた。
「…ユイ、かのんすきだもん…」
「…ですって。お兄さんはユイちゃんの事好きですか?」
女は俺を振り返る。
「……そこは膨らませなくていいだろう。」
「そうなんですけど、ユイちゃんの膨れっ面が可愛くて仕方なくて、つい。」
「さっき、似たような事を聞かれて返答に詰まっていたのは誰だ。」
「あら、お兄さんの言葉で正直に言って頂ければ良いのですよ。」
「……っ!」
三歳の子供を相手に、嫌いと言える大人がどこにいる。
「…迷惑はかけられたが、嫌いではない。」
「だ、そうですよ、ユイちゃん。
近い将来、お兄さんのお嫁さんになれるかも知れませんね。」
………おい。