星矢(Maine novel)
□First Ignition
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呼ばれた女児は素直に顔を上げる。
黒い視線同士がぶつかると、女は女児の目の前に腰を下ろした。
「誰が良いとか、他の誰かの方が良かったとか、そんな比べるような事を言ってはいけませんよ。」
「!」
「!」
流石の俺も吃驚する。
ほう、これは関心に値するな。
「“こういうの”とか、人を物のような言い方もしてはいけません。」
「だって、美子せんせいが…」
怒られて、女児は小さく縮こまる。
言い訳を口にしようとして、言葉途中で口を噤んだ。
「私が?」
「かのん、すきじゃなさそうだから…」
「好きでもない人を好きだなんて、冗談でも言えませんよ。」
「でも、ユイは美子せんせいがかのんすきなら、うれしいよ!」
「あら、でしたらユイちゃんを喜ばせたいがために、私はお兄さんに好きと言えば良かったのかしら?」
「え…っ」
「自分の気持ちに嘘までついて。」
「! だめ!うそはだめ!」
「ええ、そうですよね。」
女は優美に微笑んだ。
俺に好きと言うことが己の気持ちに嘘をつく事、という台詞は気に入らないが、この女の言う事は正直同感だ。
好きでもない人―――か。
俺と直面し、会話までして、腰が砕けない女性など、女神以外存在しないと思っていたが、まさか、こんな珍獣女がいたとは知らなんだ。
「ユイちゃんは物扱いされて嬉しいですか?」
「ううん。」
女児はフルフルと首を左右に振る。
「“こういうの”は?」
「いっちゃだめ。」
「お兄さんが好き?」
「うん、すき!」
「でしたらお兄さんに謝りましょう?きっと気を悪くされたわ。」
「かのん、ごめんね!」
女児は俺へと向き直ると、小さな唇で謝罪を述べた。
「あ?あぁ…」
俺は女児の頭をポンポンと撫でる。