星矢(Maine novel)
□First Ignition
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「あら、そうなんですか、ユイちゃん。」
「うん!ユイね、どーこすき。
でもね、海―――…じゃなくて、かのんのほうがもっとすき。」
「!」
俺も呼び捨てか。
女児は女の足元をぱっと離れると、両腕を飛行機の様に広げ、女の周囲をトンボが飛ぶように旋回し始めた。
「うふふ、えへっ!」とニカニカ子供らしい満面の笑みを浮かべて走り回る。
「あらあらユイちゃん、危ないですよ。」
「あのね、美子せんせい。ユイね」
女が女児を止めようとして、女児の肩に手をかけた。
旋回を停止させられた女児は、太陽の如く煌めいた笑顔を女へ手向け、元気いっぱいに口を開いた。
「あ」
「あ?」
「………あ―――…」
「? 何です?ユイちゃん。」
「…じゃなくってね、さ」
「さ?」
「………さ――…」
「?」
“あ”と言った後、“さ”と言い換えた女児は、継続される言葉を発さず、次第に声はフェードアウトしていった。
同じくして、天真の笑みも消えかけの提灯のように鎮火していく。
「…ううん、なんでもないの。」
そう言って、最後に女児は小さな頭を左右に振った。
“あ”と“さ”?
この流れからするならば、女神の“あ”と沙織の“さ”であろうが、まさかな。
女児に言い淀む理由が見つからない。
「ユイちゃん?」
女は不思議そうに女児の顔を覗き込んだ。その所作に長い髪が邪魔だったのだろう、流麗な黒髪を片手で耳に掛ける。
「………。」
まぁ…なんだ、好みの違いもあるだろうが。
その仕草に目が行く俺は別に変態ではないと思う。
「ね、美子せんせい!」
「はい?」
「かのん、かっこいいよね!」
「え?!」
「なっ?!」